一栁さんの作品には、見ていると呼吸が整う感覚があります。カンプシス(ノウゼンカズラ)の橙、コレオプシスの黄、オキザリスの紫。どれも鮮やかなのに、騒がしくない。余白が光を通しているようで、植物そのものというより、植物と季節のあいだにある何かを描いているように感じます。モチーフはいつも身近な草花ですが、それが日常の景色として、ごく自然にそこにあるような距離感があります。
「褒めてもらった」が出発点
静岡で生まれ育った一栁さんが絵と出会ったきっかけは、小学3・4年生のときの担任の先生でした。美術の先生だったその人に褒めてもらったことが、「描くことが好き」という気持ちの出発点になったと話してくれました。それは今も変わらない、制作の根っこにある感覚です。続けていく上でのモットーとして「描くのが好きなので、その気持ちを大事にすること」と語ってくれた言葉に、その原点がそのまま生きているように感じます。
京都が変えた、景色の見方
20代はクリエーターたちが集まるカフェに通い、さまざまな人との出会いを重ねました。大きな転機となったのは30代の京都生活です。地元・静岡とは異なる街の雰囲気や文化の中で、スケッチを日課にするようになり、自然に触れる機会も増えたことで、植物をモチーフに描くことが増えていきました。そして京都で出会った染色の世界が、現在のテキスタイルの仕事へとつながっています。その後、出産を経て子どもと過ごす時間の中で、自然と向き合う目がさらに深まったといいます。静岡、京都、そして母になってからの日々。それぞれの場所と時間が、一栁さんの作品の地層をつくっているように思います。

京都芸術センターでの展示
画材と、制作のリズム
画材はヴィフアール水彩紙(細目)と、吉祥の顔彩(日本画で使われる絵の具で、独特の発色と質感が特徴)。さまざまな画材を試した末に行き着いた組み合わせだそうです。水彩の技法で描く色の繊細さと質感、にじみ具合が、植物の表情とよく合っています。そして、下書きはしません。イメージを頭の中で育ててから、そのまま紙に向かう。その潔さが、線に迷いのない伸びやかさを生んでいるのかもしれません。制作中はharuka nakamuraや高木正勝といった、空気のようにやわらかく広がる音楽を流すことが多いそうで、作品の持つ静かな明るさと、どこか通じるものを感じます。

一栁さんの画材
込めすぎない、だから届く
「自分の意思や想いを作品に込めすぎない」と一栁さんは言います。客観的に描くことで、見る人に作品が寄り添える、と。目指しているのは、主張ではなく、共鳴です。日常の中で見落としてしまいそうな小さな美しさや、季節の移ろい。それに気づける感覚を、絵を通してそっと呼び覚ましてほしいという思いが、作品の奥にあります。描きすぎず、ゆとりを残し、自分の感じた色を使う。シンプルに聞こえますが、それを貫くことが、実は最も難しいことのひとつだと思います。
芹沢銈介と伊藤尚美、その系譜に
影響を受けた作家として名を挙げるのは、型染めの巨匠・芹沢銈介氏とテキスタイルデザイナーの伊藤尚美さん。どちらも美術館の中だけで完結しない「生活に入る美」を実践している作り手です。その名前を聞いて、一栁さんの植物画が暮らしの道具や布地へと自然につながっていく理由が、腑に落ちた気がしました。
小さな彩りとして、暮らしの中へ
「作品が、日々の中の小さな彩りとなったら嬉しい」という言葉が、すべてを言い表しているように思います。テキスタイルの分野でも、壁紙やカーテン、食器など、暮らしの中のさまざまなものへと表現を広げていきたいという気持ちを語ってくれました。絵を描くことと、生活に寄り添うものをつくること。その両方を、一栁さんは同じ感覚で大切にしているのだと感じます。飾る人の日常に、そっと季節の空気を届けてくれる。それが一栁綾乃さんの作品の在り方です。