作家の深堀りコラム | 間合いを纏う作家。貴真

作家の深堀りコラム | 間合いを纏う作家。貴真

はじまりは、明確な理由のないところから

貴真さんが絵を描き始めたのは、20代の終わり頃のことだそうです。
強い動機や将来像があったわけではなく、「何かを作りたい」という感覚に導かれるように、油絵を描き始めたのがきっかけでした。続けようと意識することもなく、あれこれと思いつくままに試していく。その延長線上に、今も制作があると語ります。

その後、デザインの仕事にも携わりますが、一方で、「クライアントのいない創作」を自由に行いたいという思いが、次第に大きくなっていきました。明確な転機があったというより、日々の積み重ねの中で、制作が自然と生活の一部として定着していったように思えます。

 

語らない画面がつくる、色と色の間合い

貴真さんの作品を前にすると、まず感じるのは、風景を描いているようでいて、どこにも具体的な場所が示されていないことです。水平に重ねられた色の層は、空や海、地平線を連想させますが、それを言葉で確定させることを拒んでいるようにも見えます。

淡い色調の作品では、光がにじむように広がり、赤や青を用いた画面でも、感情を強く押し出す印象はありません。色と色の境界は曖昧で、そのあいだに、見る側の感覚が入り込むための間合いが静かに保たれています。そのため鑑賞者は、作品から何かを「読み取ろう」とするよりも、自然と自分自身の記憶や気分を重ねながら画面と向き合うことになります。

 

作品が完結しないことの意味

貴真さん自身は、自身の作品に「寡黙」という言葉を当てています。
それは、作品が多くを語らないという意味であり、同時に、語り切らないことを大切にしているという姿勢でもあります。

作品そのものが明確なメッセージを提示するのではなく、鑑賞者が作品と対峙したときに、その人の内側で何かが動く。その小さな変化の引き金となることが、理想の在り方だと考えています。強烈な刺激ではなく、ささやかで過剰でないこと。作品が完結せず、見る人の感覚によって開かれていく余地を残すことが、貴真さんの制作の根底にあります。

 

画面強度という基準

制作において、貴真さんが特に重視しているのが、「画面強度」と呼んでいる感覚です。
それは色の濃さやコントラスト、塗りの厚さといった物理的な強さではありません。鑑賞者の視線や時間に耐えうるかどうか、見続けることで世界が深まっていくかどうか。そのような、感覚的で直感的な基準です。

世の中には、一見して目を引いても、しばらく見ていると薄さが露わになる画面も少なくありません。一方で、時間をかけて眺めるほど、奥行きが増していく作品もある。貴真さんは、制作中、画面と対話するように手を動かし、その強度が十分に感じられるまで、制作を続けます。その姿勢は、美術館で作品を鑑賞する感覚とよく似ていますが、唯一の違いは、自ら手を加えられる点にあります。

 

日常の中に置かれることを想像して

完成した作品は、誰かの日常の中に飾られることを前提にしています。そのため、技術を誇示するためだけの表現や、感情を過剰にぶつけるような画面、大きすぎて空間を圧迫する作品には向かいません。自分自身が日常の中に置きたいと思えないものは、制作したくない。その基準は一貫しています。

制作は自宅の一室で行われます。準備の時間には音楽を流し、道具を整える。そして筆を取る直前に音を消し、無音の状態に入ることで、感性のスイッチが入る。制作中は、余計な音のない環境が最も集中できると感じているそうです。

 

言葉から離れ、感性に委ねる

着想は、意識的に探しているときよりも、ふと力が抜けた瞬間に訪れます。本を読んでいるときの連想や、早朝や夕方、太陽が低くなった時間帯の色彩。作品に見られる柔らかなグラデーションや水平の広がりは、そうした時間の感覚が静かに反映されているようにも見えます。

最近は、「言葉からの離脱」を強く意識した制作に向かっているといいます。意味を組み立てるのではなく、感性と身体だけを働かせて画面に向かうこと。その難しさを自覚しているからこそ、少しでも違和感があれば無理に進めず、手を止める選択をします。今後は、対幅や三幅対といった、複数の作品が影響し合う形式にも、改めて取り組んでみたいと考えているようです。

 

作品と向き合うということ

作品を前にしたとき、作家の意図を読み解こうとする必要はありません。
むしろ、自分自身の感覚が何を感じているのかに目を向けてほしいと、貴真さんは語ります。飾ることも義務のように捉えず、季節や気分に合わせて掛け替えながら、空間の変化を愉しむ。その中に、貴真さんの作品が一枚あったなら嬉しい、と。

語りすぎない画面と、静かに保たれた間合い。
貴真さんの作品は、暮らしの中でふと立ち止まり、呼吸を整えるための存在として、そっとそこに在り続けます。

 

このコラムの執筆にあたり、貴真さんよりご提供いただいた写真をご紹介します。
これらの写真は、絵画作品とあわせて見ることで、制作時の視点や関心を想像する手がかりになるかもしれません。

 

 

貴真さんの作品はこちらから

 

Back to blog