8月9日は「ムーミンの日」。これは、ムーミンの原作者トーベ・ヤンソンさんの誕生日にちなんで、2005年にトーベ・ヤンソンの生誕90周年を記念して制定されました。
実はこの記念日は日本独自のもので、フィンランド本国では「トーベの日(Tove Janssonin päivä)」として、フィンランド国旗が掲揚される日(国旗掲揚日)となっています。
日本ではこの日を中心に、ムーミンバレーパークでのイベントや各地の百貨店フェアが開催され、SNSにもムーミンにまつわる投稿が多く見られます。
それにしても、なぜムーミンはこれほどまでに日本で愛されているのでしょうか?
トーベ・ヤンソンという人

まずはムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソンさん(1914–2001)について簡単にご紹介します。
彼女はフィンランド生まれのスウェーデン系芸術家。画家、小説家、風刺画家として多才に活躍し、若くして雑誌の挿絵や政治風刺画を手がけ、第二次世界大戦中にはナチスや独裁者を鋭く批判する作品を発表して注目を集めました。
ムーミン作品に繰り返し登場する「自然と人間の距離感」や「社会に対する違和感」は、そうした彼女の批評精神と深い観察力の反映といえるでしょう。
また、同性を愛する人として自分らしい生き方を貫いた彼女の姿勢と、温かくも鋭いまなざしは、「多様性を受け入れ、誰も変えようとしない」ムーミンの世界観とも深く結びついているのです。
日本は“第2の母国”
とにかく驚くべきは、その経済規模です。
ムーミンキャラクターの著作権を管理するフィンランドの企業「Moomin Characters Ltd.」の発表によると、ムーミン関連商品のグローバル売上のうち、約40~50%が日本市場に由来しているといわれています。
実際、日本では書籍、アニメ、グッズ、カフェ、テーマパークまで幅広く展開されており、その商業的規模は本国フィンランドをしのぐとも言われています。この現象は現地フィンランドでも注目され、「日本はムーミンの“第2の母国”」と称されるほどです。
日本におけるムーミン人気の背景について考えてみましょう。
1. アニメによる早期の認知と定着
1972年および1990年に放送されたテレビアニメ『ムーミン』『楽しいムーミン一家』の影響は非常に大きく、特に1990年版は、原作に近いトーンを保ちつつも、日本人向けにやわらかくローカライズされた演出が多く、幅広い世代に受け入れられました。
2. キャラクターと世界観の“余白”
ムーミン谷の住人たちは、みな個性的で、どこか不完全です。
こうしたキャラクターたちが受け入れられているのは、「共感」や「自己投影」を促す“余白”がそこにあるからかもしれません。
日本人が美意識として大切にする「間」や「控えめなやさしさ」に、ムーミンの世界観は自然と溶け込んでいます。
3. 北欧デザインとライフスタイルブーム
1990年代以降、日本では北欧インテリアやミニマルな暮らしへの関心が高まりました。
ムーミンもその文脈の中で「かわいい」だけでなく、「センスの良い」存在として再評価され、日常に寄り添うアイコンとして愛されるようになりました。
フィンランドとの違いと、他国での人気状況
ムーミンはフィンランド生まれの物語ですが、その受け入れられ方は国や地域によって大きく異なります。
日本
人気度 ★★★★★
関わり キャラクターとしての親しみ+暮らしの一部に根ざす
定着度 グッズ・アニメ・カフェ・テーマパークに至る多角的な展開
フィンランド
人気度 ★★★★★
関わり 国民的文化として、教育・美術・公共性と深く結びつく
定着度 ナーンタリのムーミンワールドやタンペレ美術館など、公共空間に息づく
イギリス
人気度 ★★★★☆
関わり 出版・アニメ・文化財的な価値として認識
定着度 2019年放送のアニメ『Moominvalley』が英国アニメ賞を受賞し話題に
フランス
人気度 ★★★☆☆
関わり 文学・アート作品として受容
定着度 映画作品は好評だが、グッズ展開は控えめ
アメリカ
人気度 ★★☆☆☆
関わり 一部の知識層・文学層に支持される
定着度 文学的な価値は評価されるものの、大衆的人気は限定的
韓国
人気度 ★★★★☆
関わり Z世代中心に根強い人気
定着度 コラボカフェや雑貨展開が人気。映える存在として広がり中
中国
人気度 ★★★☆☆
関わり アート・デザイン面への関心が強い
定着度 北欧ブームの一環としてライセンス展開が進行中
台湾
人気度 ★★★★☆
関わり 雑貨・文具・展示文化との親和性が高い
定着度 日本と似たかたちで、暮らしの中に自然となじむ存在に
ちなみにアメリカではムーミンの人気が限定的な理由として
・ ストーリーの「間」や「静けさ」が、アクション重視の市場と合いにくい
・ 勧善懲悪の明快な構図を好む傾向に対し、ムーミンの物語はグレーで抽象的
・ 北欧特有の自然観や反消費主義といった価値観に馴染みがない
との分析もあるようです。
さて、ここまで実際に起きている事象や影響を及ぼしたであろうトピックについてお伝えしてきました。しかし、実際のところ私たちは、ムーミンの何に惹かれているのでしょう。
ムーミンがここまで日本で深く受け入れられている理由は、決して「かわいい」や「癒し」といった言葉だけでは語り尽くせない気がします。個人的な見解になりますが、その物語に通底する「他者を変えようとせず、そっと見守る姿勢」、そして「自分の不完全さと共に生きることへの肯定」という静かなメッセージに、私たちは心のどこかで安らぎを感じているのではないでしょうか。
ムーミンの日。
ファンの方以外には馴染みのない記念日かもしれませんが、頭の片隅に「そんな日もあるんだな」と留めておくだけでも、少しやさしい気持ちになれるかもしれません。
この記念日に向けて、当店からもモランをフィーチャーした新作が登場します。発売は8月4日(月)。どうぞお楽しみに!
ムーミンのアート https://agoodview.jp/collections/moomin
参照コラム ムーミンと鈴木マサルさん ~物語を纏うデザイン~
公式サイト https://www.moomin.co.jp/