コレクション: アートポスター

Art Poster

a good view のアートポスターは、厚みのあるしっかりとした用紙を使用しており、湿度や環境変化による反りや波打ちが起こりにくいのが特長です。すでに額縁をお持ちの方は、中身だけを入れ替えて、気軽にお部屋の印象を変えることができます。季節や気分に合わせてアートを楽しむ、そんな暮らしに寄り添うポスターです。

Our Artists

当店に作品をご提供くださっている作家の皆さまをご紹介するページです。画家、イラストレーター、テキスタイルデザイナーなど、従来のカテゴリーにとらわれることなく、アートとデザインの境界を自由に行き来する、国内外の多彩な作家陣が参加しています。

作家紹介
Art poster - a good view

Gallery

わたしたちの生活に彩りや癒しを与えてくれるアートポスターを、美しく印象的に飾るアイデアをご紹介します。ぜひご活用ください。

すべて眺める
  • 作家の深堀りコラム | つくる時間が、暮らしを整える。Jurianne Matter(ユリアン・マター)

    作家の深堀りコラム | つくる時間が、暮らしを整える。Jurianne Matter(ユリアン...

    Jurianne Matter(ユリアン・マター)のプロダクトには「家に飾る」より前に「手を動かす」時間が用意されています。紙の花束やツリー そして願いをのせたボート。完成品が主役というより、つくる行為そのものが暮らしの輪郭を整えていくように感じます。   ユリアンさんの歩み ユリアンさんはアムステルダムでインテリアデザインを学び、IKEAでスタイリストとして経験を積んだのち、2008年に自身の名を冠したデザインスタジオ「Jurianne Matter」をスタートしました。ミニマルで詩的なホームアクセサリーは、世界30ヵ国以上のミュージアムショップやインテリアショップなどへ納入実績があり、現在も世界中を旅しているのだそうです。 自身のブランドにとどまらず、パターンデザインやパッケージデザイン、スタイリングなど、さまざまな文脈を行き来し企業とのコラボレーションも行われています。アムステルダムにあるオランダ最古の動物園・王立動物園ARTISのためにガーデンツールをデザインしたり、キッズブランドのバッグデザインや包装紙のデザインやスタイリングなど、その活躍は多岐に渡ります。   朝の散歩と 自然のカラーパレット 彼女の制作の背骨にあるのは自然です。朝の散歩を何年も習慣にし、朝日とともにハイキングシューズを履いて、家のすぐ裏にある自然保護区へ入る。毎日違う天気や気分や季節、そこで出会う動植物から刺激を受けながら、歩きながら頭の中で自然のカラーパレットを組み立てていくそうです。朝露をまとった蜘蛛の巣 霧の中から現れる夜と朝のはざまの色 列をなして飛ぶ鳥たち。自然の中の美しさは栄養のようなものだと語られています。   空間を奪わない 静けさの設計 その「栄養」は、彼女のプロダクトの佇まいに変換されます。線は強く主張しすぎず、色数や色味も抑えめで、空間に置いたときに景色を奪わない。だからこそ、住まいのどこに置いても不思議と馴染み、まるでずっと前からそこにあったように見える。和室にも合うと感じる人がいるのも、そうした静けさの設計に理由があるのかもしれません。当店にご提供いただいた作品からも、その静けさが伝わってきます。豆の莢のような植物、花の穂、鳥、蝶といったモチーフが、切り紙のような面とやさしい余白で構成され、色味は明るいのに騒がしくならない。眺めていると、風が通り抜ける気配だけが残るようで、部屋の空気をふっと軽くしてくれます。 当店とのコラボ作品   願いのボートが生まれた理由 もう一つ、ユリアンさんを語るうえで外せないのが「願いのボート」です。大切な人を失った出来事が重なった時期に、家族で想いをのせたボートを流した経験があり、その出来事の背景には、親友と彼女のお母さまを津波で亡くした痛みがあったそうです。命日を迎え、どうやって想いを手向けようかと家族で話していたとき、末っ子が「津波は水だから、ボートに乗ろうか」と口にした。そこで彼女は、ボートの手すりに沿うように短いメッセージを書き、彼女たちへの想いをそっとのせて川へ流しました。誰かに見せるためではなく、気持ちを運ぶための小さな儀式だったのだと思います。そこから「これを世の中に共有する必要がある」と感じたという話が残っています。ここで大事なのは、ボートが“商品アイデア”として生まれたのではなく、言葉にならない気持ちを運ぶ方法として生まれている点です。飾るためのモノというより、節目や記憶にそっと触れる小さな行為として、暮らしの中へ入ってくる。彼女のプロダクトに、どこか静かな祈りの気配が宿る理由はそこにあります。   彼女にとっての「美しい」 彼女が語る「美しい」は見た目だけで終わりません。環境に配慮した素材かどうか、丁寧につくられているか、誰でも不安なく楽しんで形にできるか。つくる時間 飾る空間 未来への影響まで含めて「美しい」と納得できたものだけを世に出しているという姿勢が語られています。 ユリアンさんが読んだ本に「読みたい本は自分で書かなければなりません。」という言葉があったそうです。わたしがこの言葉を聞いたとき、ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、わたし自身のこころが震えました。 「美しいものへの愛、美しいものを作ること、そしてそれは必ずしも実用的である必要はない」という彼女の言葉とともに、今の仕事に大きな影響をもたらしています。  ...

    作家の深堀りコラム | つくる時間が、暮らしを整える。Jurianne Matter(ユリアン...

    Jurianne Matter(ユリアン・マター)のプロダクトには「家に飾る」より前に「手を動かす」時間が用意されています。紙の花束やツリー そして願いをのせたボート。完成品が主役というより、つくる行為そのものが暮らしの輪郭を整えていくように感じます。   ユリアンさんの歩み ユリアンさんはアムステルダムでインテリアデザインを学び、IKEAでスタイリストとして経験を積んだのち、2008年に自身の名を冠したデザインスタジオ「Jurianne Matter」をスタートしました。ミニマルで詩的なホームアクセサリーは、世界30ヵ国以上のミュージアムショップやインテリアショップなどへ納入実績があり、現在も世界中を旅しているのだそうです。 自身のブランドにとどまらず、パターンデザインやパッケージデザイン、スタイリングなど、さまざまな文脈を行き来し企業とのコラボレーションも行われています。アムステルダムにあるオランダ最古の動物園・王立動物園ARTISのためにガーデンツールをデザインしたり、キッズブランドのバッグデザインや包装紙のデザインやスタイリングなど、その活躍は多岐に渡ります。   朝の散歩と 自然のカラーパレット 彼女の制作の背骨にあるのは自然です。朝の散歩を何年も習慣にし、朝日とともにハイキングシューズを履いて、家のすぐ裏にある自然保護区へ入る。毎日違う天気や気分や季節、そこで出会う動植物から刺激を受けながら、歩きながら頭の中で自然のカラーパレットを組み立てていくそうです。朝露をまとった蜘蛛の巣 霧の中から現れる夜と朝のはざまの色 列をなして飛ぶ鳥たち。自然の中の美しさは栄養のようなものだと語られています。   空間を奪わない 静けさの設計 その「栄養」は、彼女のプロダクトの佇まいに変換されます。線は強く主張しすぎず、色数や色味も抑えめで、空間に置いたときに景色を奪わない。だからこそ、住まいのどこに置いても不思議と馴染み、まるでずっと前からそこにあったように見える。和室にも合うと感じる人がいるのも、そうした静けさの設計に理由があるのかもしれません。当店にご提供いただいた作品からも、その静けさが伝わってきます。豆の莢のような植物、花の穂、鳥、蝶といったモチーフが、切り紙のような面とやさしい余白で構成され、色味は明るいのに騒がしくならない。眺めていると、風が通り抜ける気配だけが残るようで、部屋の空気をふっと軽くしてくれます。 当店とのコラボ作品   願いのボートが生まれた理由 もう一つ、ユリアンさんを語るうえで外せないのが「願いのボート」です。大切な人を失った出来事が重なった時期に、家族で想いをのせたボートを流した経験があり、その出来事の背景には、親友と彼女のお母さまを津波で亡くした痛みがあったそうです。命日を迎え、どうやって想いを手向けようかと家族で話していたとき、末っ子が「津波は水だから、ボートに乗ろうか」と口にした。そこで彼女は、ボートの手すりに沿うように短いメッセージを書き、彼女たちへの想いをそっとのせて川へ流しました。誰かに見せるためではなく、気持ちを運ぶための小さな儀式だったのだと思います。そこから「これを世の中に共有する必要がある」と感じたという話が残っています。ここで大事なのは、ボートが“商品アイデア”として生まれたのではなく、言葉にならない気持ちを運ぶ方法として生まれている点です。飾るためのモノというより、節目や記憶にそっと触れる小さな行為として、暮らしの中へ入ってくる。彼女のプロダクトに、どこか静かな祈りの気配が宿る理由はそこにあります。   彼女にとっての「美しい」 彼女が語る「美しい」は見た目だけで終わりません。環境に配慮した素材かどうか、丁寧につくられているか、誰でも不安なく楽しんで形にできるか。つくる時間 飾る空間 未来への影響まで含めて「美しい」と納得できたものだけを世に出しているという姿勢が語られています。 ユリアンさんが読んだ本に「読みたい本は自分で書かなければなりません。」という言葉があったそうです。わたしがこの言葉を聞いたとき、ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、わたし自身のこころが震えました。 「美しいものへの愛、美しいものを作ること、そしてそれは必ずしも実用的である必要はない」という彼女の言葉とともに、今の仕事に大きな影響をもたらしています。  ...

  • 抽象風景画の定義とその魅力

    抽象風景画の定義とその魅力

    画像は谷口正直さんの作品   風景を描くといっても、そこにある山や海をそのまま写すとは限りません。光や空気の気配、心に浮かぶ情景――そうした「感じる風景」をあらわした作品があります。形をおさえ、色やリズムで空間を感じさせるその表現は「抽象風景画」と呼ばれ、目に見えないものを描こうとするこの絵画の世界には、静けさの中に見る人の思考を深めるような奥行きが感じられます。   1. 抽象風景画とは何か 「抽象風景画」という言葉には、明確な定義がありません。風景をもとに形や色を簡略化した作品もあれば、特定の場所を描いていないのに「空」や「地平」の気配を感じさせる抽象作品もあります。つまり、風景画を抽象的に描いたものと、抽象画に風景を感じ取れるものの両方を含む広い領域です。 例えば、印象派のクロード・モネ※が晩年に描いた《睡蓮》は、もはや池や樹木の形が判別できないほどに抽象化されています。それでも作品からは光や空気、時間の流れが伝わり、私たちはそこに“風景”を感じます。一方でマーク・ロスコ※の色面抽象は、作者本人が「感情を描いている」と語っていますが、観る人によっては空や地平のような奥行きを感じることがあります。 このように抽象風景画は、出発点がどちらであっても、見る人の感覚の中に風景が立ち上がる表現と言えるでしょう。   貴真さんの作品   2. 風景画と抽象画のあいだ 風景画は本来、目に見える自然や街並みを描くものです。しかし19世紀後半、印象派の登場とともに、画家たちは「見たまま」よりも「感じたまま」を描く方向へと進みます。写真の普及もあり、絵画は再現よりも感覚や印象の表現に価値を見出すようになりました。 その延長にあるのが、20世紀以降の抽象表現です。ウィリアム・ターナー※の後期作品は光と色を重ねることで風景を構成し、モネは水面と空の境界を溶かしながら自然の気配を描きました。そして20世紀半ばには、ロスコやアグネス・マーティンのように、形や色のリズムで風景を感じさせる作家も現れます。抽象風景画とは、こうした流れのなかで生まれた「風景と抽象のあいだ」に立つ表現なのです。   3. 抽象と具象の“割合” 抽象風景画には明確な線引きがありませんが、感覚的には次のように整理できます。 ・具象寄り>山や海など対象がわかる     ・中間>空気・光・地平の気配がある ・抽象寄り>色や構成だけで感情を表す この“中間”にある作品こそが、抽象風景画と呼ばれることが多く、何が描かれているかよりも、どんな空間を感じるかが鑑賞のポイントになります。   大川菜々子さんの作品(具象寄り)   ハシモトヒロコさんの作品(こちらも具象寄り)...

    抽象風景画の定義とその魅力

    画像は谷口正直さんの作品   風景を描くといっても、そこにある山や海をそのまま写すとは限りません。光や空気の気配、心に浮かぶ情景――そうした「感じる風景」をあらわした作品があります。形をおさえ、色やリズムで空間を感じさせるその表現は「抽象風景画」と呼ばれ、目に見えないものを描こうとするこの絵画の世界には、静けさの中に見る人の思考を深めるような奥行きが感じられます。   1. 抽象風景画とは何か 「抽象風景画」という言葉には、明確な定義がありません。風景をもとに形や色を簡略化した作品もあれば、特定の場所を描いていないのに「空」や「地平」の気配を感じさせる抽象作品もあります。つまり、風景画を抽象的に描いたものと、抽象画に風景を感じ取れるものの両方を含む広い領域です。 例えば、印象派のクロード・モネ※が晩年に描いた《睡蓮》は、もはや池や樹木の形が判別できないほどに抽象化されています。それでも作品からは光や空気、時間の流れが伝わり、私たちはそこに“風景”を感じます。一方でマーク・ロスコ※の色面抽象は、作者本人が「感情を描いている」と語っていますが、観る人によっては空や地平のような奥行きを感じることがあります。 このように抽象風景画は、出発点がどちらであっても、見る人の感覚の中に風景が立ち上がる表現と言えるでしょう。   貴真さんの作品   2. 風景画と抽象画のあいだ 風景画は本来、目に見える自然や街並みを描くものです。しかし19世紀後半、印象派の登場とともに、画家たちは「見たまま」よりも「感じたまま」を描く方向へと進みます。写真の普及もあり、絵画は再現よりも感覚や印象の表現に価値を見出すようになりました。 その延長にあるのが、20世紀以降の抽象表現です。ウィリアム・ターナー※の後期作品は光と色を重ねることで風景を構成し、モネは水面と空の境界を溶かしながら自然の気配を描きました。そして20世紀半ばには、ロスコやアグネス・マーティンのように、形や色のリズムで風景を感じさせる作家も現れます。抽象風景画とは、こうした流れのなかで生まれた「風景と抽象のあいだ」に立つ表現なのです。   3. 抽象と具象の“割合” 抽象風景画には明確な線引きがありませんが、感覚的には次のように整理できます。 ・具象寄り>山や海など対象がわかる     ・中間>空気・光・地平の気配がある ・抽象寄り>色や構成だけで感情を表す この“中間”にある作品こそが、抽象風景画と呼ばれることが多く、何が描かれているかよりも、どんな空間を感じるかが鑑賞のポイントになります。   大川菜々子さんの作品(具象寄り)   ハシモトヒロコさんの作品(こちらも具象寄り)...

  • ハシモトヒロコさんが描いた、抽象風景画の新作をご紹介します。

    ハシモトヒロコさんが描いた、抽象風景画の新作をご紹介します。

    ハシモトヒロコさんの3作品は、余白と静けさを味方にした風景のシリーズです。雪原の足あと、海辺にほどける光、遠景の稜線。場面ごとにモチーフは異なりますが、どれも描き込みすぎず、必要な要素だけをそっと配置することで、見る人の記憶や感情が入り込む余地を残しています。並べて飾ると、季節と時間がゆるやかにつながり、部屋の空気まで澄んでいくように感じられます。   「光を受けて」 ゆるやかな稜線が重なり、広い水面が空を受け止めます。点のきらめきが、時間の流れをやさしく可視化しているようです。 「あの木のところまで  」 まっさらな斜面に、足あとの列が静かに続きます。たったそれだけの要素なのに、歩いた時間や体温まで想像させるのがハシモトヒロコさんの魅力です。 「やさしさの余韻 」 水平線に開いた空と、水面にほどける光。岸のかたちを最小限に置くことで、波音まで聞こえてきそうな静けさが立ち上がります ハシモトヒロコ / Hiroko Hashimoto愛媛県出身、香川県在住の水彩画家。奈良芸術短期大学美術学科洋画コース卒業後、WEBデザイナーとしての経験を経て、2020年よりアーティスト活動を開始。水彩特有の滲みや透明感、色と色が干渉しあうことで偶発的に生まれる色の輪郭に魅了され、現在は地元を拠点に、個展を開きながら作品を発表している。 ハシモトさんの作品はこちら

    ハシモトヒロコさんが描いた、抽象風景画の新作をご紹介します。

    ハシモトヒロコさんの3作品は、余白と静けさを味方にした風景のシリーズです。雪原の足あと、海辺にほどける光、遠景の稜線。場面ごとにモチーフは異なりますが、どれも描き込みすぎず、必要な要素だけをそっと配置することで、見る人の記憶や感情が入り込む余地を残しています。並べて飾ると、季節と時間がゆるやかにつながり、部屋の空気まで澄んでいくように感じられます。   「光を受けて」 ゆるやかな稜線が重なり、広い水面が空を受け止めます。点のきらめきが、時間の流れをやさしく可視化しているようです。 「あの木のところまで  」 まっさらな斜面に、足あとの列が静かに続きます。たったそれだけの要素なのに、歩いた時間や体温まで想像させるのがハシモトヒロコさんの魅力です。 「やさしさの余韻 」 水平線に開いた空と、水面にほどける光。岸のかたちを最小限に置くことで、波音まで聞こえてきそうな静けさが立ち上がります ハシモトヒロコ / Hiroko Hashimoto愛媛県出身、香川県在住の水彩画家。奈良芸術短期大学美術学科洋画コース卒業後、WEBデザイナーとしての経験を経て、2020年よりアーティスト活動を開始。水彩特有の滲みや透明感、色と色が干渉しあうことで偶発的に生まれる色の輪郭に魅了され、現在は地元を拠点に、個展を開きながら作品を発表している。 ハシモトさんの作品はこちら

  • 作家の深堀りコラム | 間合いを纏う作家。貴真

    作家の深堀りコラム | 間合いを纏う作家。貴真

    はじまりは、明確な理由のないところから 貴真さんが絵を描き始めたのは、20代の終わり頃のことだそうです。強い動機や将来像があったわけではなく、「何かを作りたい」という感覚に導かれるように、油絵を描き始めたのがきっかけでした。続けようと意識することもなく、あれこれと思いつくままに試していく。その延長線上に、今も制作があると語ります。 その後、デザインの仕事にも携わりますが、一方で、「クライアントのいない創作」を自由に行いたいという思いが、次第に大きくなっていきました。明確な転機があったというより、日々の積み重ねの中で、制作が自然と生活の一部として定着していったように思えます。   語らない画面がつくる、色と色の間合い 貴真さんの作品を前にすると、まず感じるのは、風景を描いているようでいて、どこにも具体的な場所が示されていないことです。水平に重ねられた色の層は、空や海、地平線を連想させますが、それを言葉で確定させることを拒んでいるようにも見えます。 淡い色調の作品では、光がにじむように広がり、赤や青を用いた画面でも、感情を強く押し出す印象はありません。色と色の境界は曖昧で、そのあいだに、見る側の感覚が入り込むための間合いが静かに保たれています。そのため鑑賞者は、作品から何かを「読み取ろう」とするよりも、自然と自分自身の記憶や気分を重ねながら画面と向き合うことになります。   作品が完結しないことの意味 貴真さん自身は、自身の作品に「寡黙」という言葉を当てています。それは、作品が多くを語らないという意味であり、同時に、語り切らないことを大切にしているという姿勢でもあります。 作品そのものが明確なメッセージを提示するのではなく、鑑賞者が作品と対峙したときに、その人の内側で何かが動く。その小さな変化の引き金となることが、理想の在り方だと考えています。強烈な刺激ではなく、ささやかで過剰でないこと。作品が完結せず、見る人の感覚によって開かれていく余地を残すことが、貴真さんの制作の根底にあります。   画面強度という基準 制作において、貴真さんが特に重視しているのが、「画面強度」と呼んでいる感覚です。それは色の濃さやコントラスト、塗りの厚さといった物理的な強さではありません。鑑賞者の視線や時間に耐えうるかどうか、見続けることで世界が深まっていくかどうか。そのような、感覚的で直感的な基準です。 世の中には、一見して目を引いても、しばらく見ていると薄さが露わになる画面も少なくありません。一方で、時間をかけて眺めるほど、奥行きが増していく作品もある。貴真さんは、制作中、画面と対話するように手を動かし、その強度が十分に感じられるまで、制作を続けます。その姿勢は、美術館で作品を鑑賞する感覚とよく似ていますが、唯一の違いは、自ら手を加えられる点にあります。   日常の中に置かれることを想像して 完成した作品は、誰かの日常の中に飾られることを前提にしています。そのため、技術を誇示するためだけの表現や、感情を過剰にぶつけるような画面、大きすぎて空間を圧迫する作品には向かいません。自分自身が日常の中に置きたいと思えないものは、制作したくない。その基準は一貫しています。 制作は自宅の一室で行われます。準備の時間には音楽を流し、道具を整える。そして筆を取る直前に音を消し、無音の状態に入ることで、感性のスイッチが入る。制作中は、余計な音のない環境が最も集中できると感じているそうです。   言葉から離れ、感性に委ねる 着想は、意識的に探しているときよりも、ふと力が抜けた瞬間に訪れます。本を読んでいるときの連想や、早朝や夕方、太陽が低くなった時間帯の色彩。作品に見られる柔らかなグラデーションや水平の広がりは、そうした時間の感覚が静かに反映されているようにも見えます。 最近は、「言葉からの離脱」を強く意識した制作に向かっているといいます。意味を組み立てるのではなく、感性と身体だけを働かせて画面に向かうこと。その難しさを自覚しているからこそ、少しでも違和感があれば無理に進めず、手を止める選択をします。今後は、対幅や三幅対といった、複数の作品が影響し合う形式にも、改めて取り組んでみたいと考えているようです。   作品と向き合うということ 作品を前にしたとき、作家の意図を読み解こうとする必要はありません。むしろ、自分自身の感覚が何を感じているのかに目を向けてほしいと、貴真さんは語ります。飾ることも義務のように捉えず、季節や気分に合わせて掛け替えながら、空間の変化を愉しむ。その中に、貴真さんの作品が一枚あったなら嬉しい、と。 語りすぎない画面と、静かに保たれた間合い。貴真さんの作品は、暮らしの中でふと立ち止まり、呼吸を整えるための存在として、そっとそこに在り続けます。   このコラムの執筆にあたり、貴真さんよりご提供いただいた写真をご紹介します。これらの写真は、絵画作品とあわせて見ることで、制作時の視点や関心を想像する手がかりになるかもしれません。  ...

    作家の深堀りコラム | 間合いを纏う作家。貴真

    はじまりは、明確な理由のないところから 貴真さんが絵を描き始めたのは、20代の終わり頃のことだそうです。強い動機や将来像があったわけではなく、「何かを作りたい」という感覚に導かれるように、油絵を描き始めたのがきっかけでした。続けようと意識することもなく、あれこれと思いつくままに試していく。その延長線上に、今も制作があると語ります。 その後、デザインの仕事にも携わりますが、一方で、「クライアントのいない創作」を自由に行いたいという思いが、次第に大きくなっていきました。明確な転機があったというより、日々の積み重ねの中で、制作が自然と生活の一部として定着していったように思えます。   語らない画面がつくる、色と色の間合い 貴真さんの作品を前にすると、まず感じるのは、風景を描いているようでいて、どこにも具体的な場所が示されていないことです。水平に重ねられた色の層は、空や海、地平線を連想させますが、それを言葉で確定させることを拒んでいるようにも見えます。 淡い色調の作品では、光がにじむように広がり、赤や青を用いた画面でも、感情を強く押し出す印象はありません。色と色の境界は曖昧で、そのあいだに、見る側の感覚が入り込むための間合いが静かに保たれています。そのため鑑賞者は、作品から何かを「読み取ろう」とするよりも、自然と自分自身の記憶や気分を重ねながら画面と向き合うことになります。   作品が完結しないことの意味 貴真さん自身は、自身の作品に「寡黙」という言葉を当てています。それは、作品が多くを語らないという意味であり、同時に、語り切らないことを大切にしているという姿勢でもあります。 作品そのものが明確なメッセージを提示するのではなく、鑑賞者が作品と対峙したときに、その人の内側で何かが動く。その小さな変化の引き金となることが、理想の在り方だと考えています。強烈な刺激ではなく、ささやかで過剰でないこと。作品が完結せず、見る人の感覚によって開かれていく余地を残すことが、貴真さんの制作の根底にあります。   画面強度という基準 制作において、貴真さんが特に重視しているのが、「画面強度」と呼んでいる感覚です。それは色の濃さやコントラスト、塗りの厚さといった物理的な強さではありません。鑑賞者の視線や時間に耐えうるかどうか、見続けることで世界が深まっていくかどうか。そのような、感覚的で直感的な基準です。 世の中には、一見して目を引いても、しばらく見ていると薄さが露わになる画面も少なくありません。一方で、時間をかけて眺めるほど、奥行きが増していく作品もある。貴真さんは、制作中、画面と対話するように手を動かし、その強度が十分に感じられるまで、制作を続けます。その姿勢は、美術館で作品を鑑賞する感覚とよく似ていますが、唯一の違いは、自ら手を加えられる点にあります。   日常の中に置かれることを想像して 完成した作品は、誰かの日常の中に飾られることを前提にしています。そのため、技術を誇示するためだけの表現や、感情を過剰にぶつけるような画面、大きすぎて空間を圧迫する作品には向かいません。自分自身が日常の中に置きたいと思えないものは、制作したくない。その基準は一貫しています。 制作は自宅の一室で行われます。準備の時間には音楽を流し、道具を整える。そして筆を取る直前に音を消し、無音の状態に入ることで、感性のスイッチが入る。制作中は、余計な音のない環境が最も集中できると感じているそうです。   言葉から離れ、感性に委ねる 着想は、意識的に探しているときよりも、ふと力が抜けた瞬間に訪れます。本を読んでいるときの連想や、早朝や夕方、太陽が低くなった時間帯の色彩。作品に見られる柔らかなグラデーションや水平の広がりは、そうした時間の感覚が静かに反映されているようにも見えます。 最近は、「言葉からの離脱」を強く意識した制作に向かっているといいます。意味を組み立てるのではなく、感性と身体だけを働かせて画面に向かうこと。その難しさを自覚しているからこそ、少しでも違和感があれば無理に進めず、手を止める選択をします。今後は、対幅や三幅対といった、複数の作品が影響し合う形式にも、改めて取り組んでみたいと考えているようです。   作品と向き合うということ 作品を前にしたとき、作家の意図を読み解こうとする必要はありません。むしろ、自分自身の感覚が何を感じているのかに目を向けてほしいと、貴真さんは語ります。飾ることも義務のように捉えず、季節や気分に合わせて掛け替えながら、空間の変化を愉しむ。その中に、貴真さんの作品が一枚あったなら嬉しい、と。 語りすぎない画面と、静かに保たれた間合い。貴真さんの作品は、暮らしの中でふと立ち止まり、呼吸を整えるための存在として、そっとそこに在り続けます。   このコラムの執筆にあたり、貴真さんよりご提供いただいた写真をご紹介します。これらの写真は、絵画作品とあわせて見ることで、制作時の視点や関心を想像する手がかりになるかもしれません。  ...

  • 作家の深堀りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

    作家の深堀りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

    吉本さんが暮らす山梨県西桂町の景色   はじまりは「描くことが好き」から 吉本悠美さんの作品に触れると、まず「絵柄」より先に、手の動きが残した密度が届きます。線の勢い、擦れ、重なり。そこにあるのは説明のための輪郭ではなく、触れたくなる“質感の塊”です。暮らしの中でふと目に入ったとき、言葉にする前の気分が、静かに立ち上がってくる。その距離感が、吉本さんの表現の魅力だと感じます。  吉本さんは東京造形大学でテキスタイルデザインを学び、学士課程を2013年に卒業、修士課程を2015年に修了しています。現在はテキスタイルデザイナーとして自分のブランドと企業のプロダクト開発を両立し、大学で教える立場も担っています。ただ、肩書きが先に立つタイプの作り手ではありません。作品の芯にあるのは、もっと素朴な「描くことが好き」という原点です。小学生の頃からお絵描き教室に通うほど絵が好きで、本格的に制作として向き合い始めたのは美大入学後。先生や先輩、同級生、インターン先で受けた刺激が積み重なり、大学4年生頃には「いつか作家になれたら」と思うようになったそうです。   節目をつくった受賞と「KESHIKI」 活動の節目として外せないのが、2013年の「コッカプリントテキスタイル賞『inspiration』」審査員特別賞受賞です。大学院在籍中に受賞し、その後2016年にはKOKKAから「KESHIKI(けしき)」をリリース。コンセプトは「風景画を飾るように、生活を彩る布」でした。“風景の気持ち”を布に残すという発想は、今の作品にも通じています。目の前のものをそのまま写すのではなく、心が動いた瞬間の手触りを、別の形に置き換えて残す。その置き換えの精度が高いから、見る側も自分の記憶と重ね合わせやすいのだと思います。   山梨移住で、制作の時間が変わる もう一つの大きな転機が、拠点の移動です。2018年に東京から山梨県西桂町へ家族で移住。きっかけは、東京造形大学と西桂町・富士吉田市が連携して進めた「富士山テキスタイルプロジェクト」だったそうです環境が変わると、制作の時間の流れも変わります。吉本さんは制作前に頭の中でたくさんシミュレーションを重ね、縮こまらないために、なるべく大きい紙に描くこともあるとのこと。モットーは「やればなんとかなる、日々精進、鍛錬、体育会系精神」。ここには“根性論”というより、制作を続けるための現実的な体力がにじみます。   テクスチャが主役になる「塊」の発想 「texture object」シリーズについて、吉本さんはこんな問いから始めたと話します。「テクスチャ自体がモチーフとなったら?」。そこから生まれたのが“テクスチャで成り立つ塊”というコンセプトでした。手描きの質感やテクスチャ感を大切にしつつ、自分が目にして脳内に保管してきた「GOOD」「ググッときたもの」を作品を通して共有したい。けれど押しつけはしない。観た人が自由に想像できることを最優先に置き、刺激やインスピレーションの入口になれたらと考えています。この「余白の置き方」が、吉本作品の品の良さです。分かりやすく言い切らない。けれど曖昧に逃げない。見ている側が自分の感覚を取り戻せる“間”が、画面のどこかに必ず用意されています。   整えすぎない描き味と「見立てる」手法 技法の選び方も、その姿勢と一致しています。手描きの質感が残るもの、勢いよく描けるものが好きで、たとえば「texture object」シリーズでは、油分多めの色鉛筆であるダーマトグラフやグラフを用いたとのこと。整えすぎず、ライブ感が伝わる描き味になるよう意識しているそうです。さらに、表現を分かりやすくするために「見立てる」という手法をよく使う。抽象に寄せながら、鑑賞の足場も残す。この“足場の作り方”が巧みだから、作品は難解になりきらず、暮らしに入り込めます。   「装飾」を引き受ける、飾ることの意味 暮らしに入り込む、という点では、吉本さんが「装飾」という言葉を自分の領域として捉え始めたという話も印象的です。飾ることは、その対象を大事にすること、愛でること。ポスターを壁に飾れば、その壁や空間に対して愛着が湧く。作品は、作品のことを考えながら見なくてもいい。見ながら別のことを考えてもいい。たまに、ぼーっと眺める存在になれたら嬉しい。この言葉は、買い手にとっても救いがあります。美術の知識や正しい鑑賞態度を要求されない。好きという感覚から始めていい。その軽さが、長く続く愛着につながります。   PORTRAIT LABへ、そして空間へ 現在の取り組みとしては、具象的なモチーフを自分なりの表現で描く試みを進めつつ、自身のブランド商品の図案でも試行錯誤しているとのことです。そのブランドが「PORTRAIT LAB」。インタビューでは、コロナ禍の時期に立ち上げたこと、ソファの写真を眺めるうちに「クッションが四角ばかり」と気づき、形を変えたら面白いのではという発想から「Fabric object」へつながっていったことが語られています。今年の2月15日まで、Spiral Market ルクア大阪で「PORTRAIT...

    作家の深堀りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

    吉本さんが暮らす山梨県西桂町の景色   はじまりは「描くことが好き」から 吉本悠美さんの作品に触れると、まず「絵柄」より先に、手の動きが残した密度が届きます。線の勢い、擦れ、重なり。そこにあるのは説明のための輪郭ではなく、触れたくなる“質感の塊”です。暮らしの中でふと目に入ったとき、言葉にする前の気分が、静かに立ち上がってくる。その距離感が、吉本さんの表現の魅力だと感じます。  吉本さんは東京造形大学でテキスタイルデザインを学び、学士課程を2013年に卒業、修士課程を2015年に修了しています。現在はテキスタイルデザイナーとして自分のブランドと企業のプロダクト開発を両立し、大学で教える立場も担っています。ただ、肩書きが先に立つタイプの作り手ではありません。作品の芯にあるのは、もっと素朴な「描くことが好き」という原点です。小学生の頃からお絵描き教室に通うほど絵が好きで、本格的に制作として向き合い始めたのは美大入学後。先生や先輩、同級生、インターン先で受けた刺激が積み重なり、大学4年生頃には「いつか作家になれたら」と思うようになったそうです。   節目をつくった受賞と「KESHIKI」 活動の節目として外せないのが、2013年の「コッカプリントテキスタイル賞『inspiration』」審査員特別賞受賞です。大学院在籍中に受賞し、その後2016年にはKOKKAから「KESHIKI(けしき)」をリリース。コンセプトは「風景画を飾るように、生活を彩る布」でした。“風景の気持ち”を布に残すという発想は、今の作品にも通じています。目の前のものをそのまま写すのではなく、心が動いた瞬間の手触りを、別の形に置き換えて残す。その置き換えの精度が高いから、見る側も自分の記憶と重ね合わせやすいのだと思います。   山梨移住で、制作の時間が変わる もう一つの大きな転機が、拠点の移動です。2018年に東京から山梨県西桂町へ家族で移住。きっかけは、東京造形大学と西桂町・富士吉田市が連携して進めた「富士山テキスタイルプロジェクト」だったそうです環境が変わると、制作の時間の流れも変わります。吉本さんは制作前に頭の中でたくさんシミュレーションを重ね、縮こまらないために、なるべく大きい紙に描くこともあるとのこと。モットーは「やればなんとかなる、日々精進、鍛錬、体育会系精神」。ここには“根性論”というより、制作を続けるための現実的な体力がにじみます。   テクスチャが主役になる「塊」の発想 「texture object」シリーズについて、吉本さんはこんな問いから始めたと話します。「テクスチャ自体がモチーフとなったら?」。そこから生まれたのが“テクスチャで成り立つ塊”というコンセプトでした。手描きの質感やテクスチャ感を大切にしつつ、自分が目にして脳内に保管してきた「GOOD」「ググッときたもの」を作品を通して共有したい。けれど押しつけはしない。観た人が自由に想像できることを最優先に置き、刺激やインスピレーションの入口になれたらと考えています。この「余白の置き方」が、吉本作品の品の良さです。分かりやすく言い切らない。けれど曖昧に逃げない。見ている側が自分の感覚を取り戻せる“間”が、画面のどこかに必ず用意されています。   整えすぎない描き味と「見立てる」手法 技法の選び方も、その姿勢と一致しています。手描きの質感が残るもの、勢いよく描けるものが好きで、たとえば「texture object」シリーズでは、油分多めの色鉛筆であるダーマトグラフやグラフを用いたとのこと。整えすぎず、ライブ感が伝わる描き味になるよう意識しているそうです。さらに、表現を分かりやすくするために「見立てる」という手法をよく使う。抽象に寄せながら、鑑賞の足場も残す。この“足場の作り方”が巧みだから、作品は難解になりきらず、暮らしに入り込めます。   「装飾」を引き受ける、飾ることの意味 暮らしに入り込む、という点では、吉本さんが「装飾」という言葉を自分の領域として捉え始めたという話も印象的です。飾ることは、その対象を大事にすること、愛でること。ポスターを壁に飾れば、その壁や空間に対して愛着が湧く。作品は、作品のことを考えながら見なくてもいい。見ながら別のことを考えてもいい。たまに、ぼーっと眺める存在になれたら嬉しい。この言葉は、買い手にとっても救いがあります。美術の知識や正しい鑑賞態度を要求されない。好きという感覚から始めていい。その軽さが、長く続く愛着につながります。   PORTRAIT LABへ、そして空間へ 現在の取り組みとしては、具象的なモチーフを自分なりの表現で描く試みを進めつつ、自身のブランド商品の図案でも試行錯誤しているとのことです。そのブランドが「PORTRAIT LAB」。インタビューでは、コロナ禍の時期に立ち上げたこと、ソファの写真を眺めるうちに「クッションが四角ばかり」と気づき、形を変えたら面白いのではという発想から「Fabric object」へつながっていったことが語られています。今年の2月15日まで、Spiral Market ルクア大阪で「PORTRAIT...

  • 模様作家の岡理恵子さんから、描きおろしの新作が届きました。

    模様作家の岡理恵子さんから、描きおろしの新作が届きました。

    岡理恵子さんの新作が入荷しました。植物や生きものをモチーフに、形や色を丁寧に整理しながら描かれた3作品です。 整った構図の中に、やわらかなリズムや遊び心が感じられ、空間にすっとなじみながらも、ふと目を留めたくなる存在感があります。植物の重なりや色の組み合わせ、そこから生まれる小さな物語は、眺めるたびに新しい表情を見せてくれるでしょう。 日常の中に、自然の気配と静かな彩りを添えてくれるシリーズ。ぜひそれぞれの作品を、ゆっくりとご覧ください。   画像は「White clovers(シロツメクサ )」 クローバーのかたちを思わせる青い葉が、左右対称の構図でリズミカルに広がります。整えられた配置と、にじむような色の重なりが、静かで心地よいリズムを生み出します。空間に落ち着きと軽やかさを同時に添えてくれる一枚です。 画像は「Botanicals(ボタニカル )」 さまざまな葉やかたちが重なり合い、画面いっぱいに豊かな緑の世界が広がります。細部まで丁寧に描かれた植物たちは、眺めるたびに小さな発見があり、空間に自然の気配といきいきとした明るさをもたらします。 画像は「The Forest of Squirrels(リスノモリ )」 赤いリスと植物、実のモチーフが軽やかに配置され、楽しげな世界観が広がります。落ち着いた色合いの中にさりげない遊び心があり、眺める人の想像をやさしく誘います。空間にあたたかさと親しみを添えてくれる一枚です。 岡理恵子 / Rieko Oka模様作家。1981年北海道生まれ。北海道在住。北海道東海大学大学院 芸術工学研究科卒。テキスタイルブランド「点と線模様製作所」主宰。季節や天気の移ろい、音や記憶などを題材にした作品は多方面より高く評価され、2012年より定期的に作品集が出版されている。

    模様作家の岡理恵子さんから、描きおろしの新作が届きました。

    岡理恵子さんの新作が入荷しました。植物や生きものをモチーフに、形や色を丁寧に整理しながら描かれた3作品です。 整った構図の中に、やわらかなリズムや遊び心が感じられ、空間にすっとなじみながらも、ふと目を留めたくなる存在感があります。植物の重なりや色の組み合わせ、そこから生まれる小さな物語は、眺めるたびに新しい表情を見せてくれるでしょう。 日常の中に、自然の気配と静かな彩りを添えてくれるシリーズ。ぜひそれぞれの作品を、ゆっくりとご覧ください。   画像は「White clovers(シロツメクサ )」 クローバーのかたちを思わせる青い葉が、左右対称の構図でリズミカルに広がります。整えられた配置と、にじむような色の重なりが、静かで心地よいリズムを生み出します。空間に落ち着きと軽やかさを同時に添えてくれる一枚です。 画像は「Botanicals(ボタニカル )」 さまざまな葉やかたちが重なり合い、画面いっぱいに豊かな緑の世界が広がります。細部まで丁寧に描かれた植物たちは、眺めるたびに小さな発見があり、空間に自然の気配といきいきとした明るさをもたらします。 画像は「The Forest of Squirrels(リスノモリ )」 赤いリスと植物、実のモチーフが軽やかに配置され、楽しげな世界観が広がります。落ち着いた色合いの中にさりげない遊び心があり、眺める人の想像をやさしく誘います。空間にあたたかさと親しみを添えてくれる一枚です。 岡理恵子 / Rieko Oka模様作家。1981年北海道生まれ。北海道在住。北海道東海大学大学院 芸術工学研究科卒。テキスタイルブランド「点と線模様製作所」主宰。季節や天気の移ろい、音や記憶などを題材にした作品は多方面より高く評価され、2012年より定期的に作品集が出版されている。

  • 作家の深堀りコラム | 情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

    作家の深堀りコラム | 情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

    梅崎さんの作品を見ていると、自然を描いていながら、どこか説明を控えているような印象を受けます。画面は整理され、色や形も必要以上に語りません。そのため、見る側は立ち止まり、ゆっくりと作品と向き合うことになります。   絵との出会い 梅崎健さんが絵を描くことに親しむようになったのは、小学生の頃だそうです。近所の画家に習いながら、スケッチに連れて行ってもらったことがきっかけでした。外で描いているうちに時間を忘れ、気づけば夕方になっていた。その経験を通して、絵を描くことが少しずつ身近なものになっていったとのことです。 武蔵野美術大学へ進学後、在学中にはストックホルムや京都の工芸学校で講習を受講されています。素材への向き合い方や、表現を組み立てる視点について、多くの刺激を受けたと振り返られています。異なる土地や文化の中で学んだ経験は、当時は強く意識していなかったものの、後に振り返ると、現在の制作の土台のひとつになっているように感じられます。   デザインの現場から、制作へ 大学院修了後は企業に入社し、企画部門で主に欧米向けのデザインを担当されました。海外を訪れる機会も多く、仕事を通して数多くのアートに触れる時間を重ねていきます。 クラフト、デザイン、アート。それぞれの分野で得た経験は、すぐに作品として表に現れるものではありませんでしたが、制作に向き合う姿勢や感覚の背景として、少しずつ積み重なっていったように受け取れます。退職後は武蔵野美術大学の客員教授を務め、現在はアート制作を中心に活動されています。 作家として活動を続ける中で、大きな転機となったのが個展やオンラインギャラリーでの経験でした。作品を前にした人から直接感想をもらえたこと、オンラインを通じて作品を迎え入れてくれた方々から前向きな言葉が届いたこと。 絵を通して、それまで接点のなかった幅広い人たちとの交流が生まれたことが、制作を続けていく上での確かな手応えにつながっているようです。   自然をテーマにした表現 梅崎さんの作品には、一貫して自然の情景が描かれています。花の生命力や美しさ、繊細さ。風や波、光、大地の広がり。そうしたモチーフを、そのまま写し取るのではなく、自分なりの解釈を通して画面に落とし込んでいく姿勢がうかがえます。 具象と抽象のあいだを行き来する柔軟さも、作品の大きな特徴のひとつ。花や森、水平線といった形は感じ取れる一方で、細部を描き込みすぎることはありません。形は簡略化され、色や面の重なりによって情景が組み立てられていきます。 構図は一見するととてもシンプルですが、単調な印象は受けません。色のグラデーションやテクスチャーのわずかな違いが画面に奥行きを生み、視線は自然と留まります。近くで見るほど、筆致や滲み、色の重なりが静かに効いていることに気づかされるのです。 明るい色調を用いながらも、落ち着いた空気が保たれている点も印象的です。大胆さと緻密さ、その対比が画面の中で程よく共存しているように感じることができます。   制作の姿勢と日常 制作は自宅で行い、午前中は集中して描き、午後は作業的な工程に充てることが多いとのこと。道具はさまざまな筆に加え、自分で工夫して制作したオリジナルのものも使われています。 描き損じたと感じる部分があっても、それを失敗とは捉えないようにしているそうです。後から振り返ったとき、制作の財産になっていることがあるからだといいます。新しいモチーフや技法に挑戦し続ける姿勢も、そうした考え方に支えられているように感じました。 アイデアが生まれるのは、特別な瞬間というよりも、ふとした場面だそうです。試作中に、海の水平線を眺めているとき、山や地平線の重なりを見たとき、花々の色に目を留めたとき。自然の中にあるわずかな変化が、制作へとつながっていきます。   積み重ねてきた歩み 長年にわたる制作の中で、いくつかの評価も重ねてこられました。2005年にはエプソンカラーイメージングコンテストで佐藤卓賞を受賞。2017年にはタグボートアワードで審査員特別賞を受け、2018年には三井化学の新素材「NAGORI」を活用したデザインコンペで優秀賞を獲得されています。さらに2020年にはMIMARUツーリズムコンペティションのアート部門で優秀賞、2025年には東京建物「Brillia Art Award Wall 2025」を受賞されました。 こうした受賞も、日々制作を続けてきた延長線上にあるものとして受け止められているようです。...

    作家の深堀りコラム | 情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

    梅崎さんの作品を見ていると、自然を描いていながら、どこか説明を控えているような印象を受けます。画面は整理され、色や形も必要以上に語りません。そのため、見る側は立ち止まり、ゆっくりと作品と向き合うことになります。   絵との出会い 梅崎健さんが絵を描くことに親しむようになったのは、小学生の頃だそうです。近所の画家に習いながら、スケッチに連れて行ってもらったことがきっかけでした。外で描いているうちに時間を忘れ、気づけば夕方になっていた。その経験を通して、絵を描くことが少しずつ身近なものになっていったとのことです。 武蔵野美術大学へ進学後、在学中にはストックホルムや京都の工芸学校で講習を受講されています。素材への向き合い方や、表現を組み立てる視点について、多くの刺激を受けたと振り返られています。異なる土地や文化の中で学んだ経験は、当時は強く意識していなかったものの、後に振り返ると、現在の制作の土台のひとつになっているように感じられます。   デザインの現場から、制作へ 大学院修了後は企業に入社し、企画部門で主に欧米向けのデザインを担当されました。海外を訪れる機会も多く、仕事を通して数多くのアートに触れる時間を重ねていきます。 クラフト、デザイン、アート。それぞれの分野で得た経験は、すぐに作品として表に現れるものではありませんでしたが、制作に向き合う姿勢や感覚の背景として、少しずつ積み重なっていったように受け取れます。退職後は武蔵野美術大学の客員教授を務め、現在はアート制作を中心に活動されています。 作家として活動を続ける中で、大きな転機となったのが個展やオンラインギャラリーでの経験でした。作品を前にした人から直接感想をもらえたこと、オンラインを通じて作品を迎え入れてくれた方々から前向きな言葉が届いたこと。 絵を通して、それまで接点のなかった幅広い人たちとの交流が生まれたことが、制作を続けていく上での確かな手応えにつながっているようです。   自然をテーマにした表現 梅崎さんの作品には、一貫して自然の情景が描かれています。花の生命力や美しさ、繊細さ。風や波、光、大地の広がり。そうしたモチーフを、そのまま写し取るのではなく、自分なりの解釈を通して画面に落とし込んでいく姿勢がうかがえます。 具象と抽象のあいだを行き来する柔軟さも、作品の大きな特徴のひとつ。花や森、水平線といった形は感じ取れる一方で、細部を描き込みすぎることはありません。形は簡略化され、色や面の重なりによって情景が組み立てられていきます。 構図は一見するととてもシンプルですが、単調な印象は受けません。色のグラデーションやテクスチャーのわずかな違いが画面に奥行きを生み、視線は自然と留まります。近くで見るほど、筆致や滲み、色の重なりが静かに効いていることに気づかされるのです。 明るい色調を用いながらも、落ち着いた空気が保たれている点も印象的です。大胆さと緻密さ、その対比が画面の中で程よく共存しているように感じることができます。   制作の姿勢と日常 制作は自宅で行い、午前中は集中して描き、午後は作業的な工程に充てることが多いとのこと。道具はさまざまな筆に加え、自分で工夫して制作したオリジナルのものも使われています。 描き損じたと感じる部分があっても、それを失敗とは捉えないようにしているそうです。後から振り返ったとき、制作の財産になっていることがあるからだといいます。新しいモチーフや技法に挑戦し続ける姿勢も、そうした考え方に支えられているように感じました。 アイデアが生まれるのは、特別な瞬間というよりも、ふとした場面だそうです。試作中に、海の水平線を眺めているとき、山や地平線の重なりを見たとき、花々の色に目を留めたとき。自然の中にあるわずかな変化が、制作へとつながっていきます。   積み重ねてきた歩み 長年にわたる制作の中で、いくつかの評価も重ねてこられました。2005年にはエプソンカラーイメージングコンテストで佐藤卓賞を受賞。2017年にはタグボートアワードで審査員特別賞を受け、2018年には三井化学の新素材「NAGORI」を活用したデザインコンペで優秀賞を獲得されています。さらに2020年にはMIMARUツーリズムコンペティションのアート部門で優秀賞、2025年には東京建物「Brillia Art Award Wall 2025」を受賞されました。 こうした受賞も、日々制作を続けてきた延長線上にあるものとして受け止められているようです。...

  • 作家の深堀りコラム | 静寂と気配を重ねて──コラージュ作家・井上陽子の世界

    作家の深堀りコラム | 静寂と気配を重ねて──コラージュ作家・井上陽子の世界

    紙や布、そして描かれた線の断片。それらが互いに呼び合うように重なり、画面の中に奥行きある世界を作り出す井上陽子さんのコラージュ作品は、貼り合わせたパーツのわずかなズレや重なり方の差が、作品全体の空気を変えてゆきます。そうした“微細な変化”も、井上さんの作品の特徴だと感じています。 ご本人は「異なる素材が出会うことで新しいモノの見え方が生まれる」と語ります。その視点は素材だけでなく、光と影、言葉や音など日常のあらゆる組み合わせにもつながっているそうです。 実際の作品を見ると、紙片の余白や薄く染められた断片の層がしっとりとした気配を空間に滲ませ、色の重なりだけで気配が立ち上がるように感じさせてくれるのです。   「作品制作を糧にして生きていく」と気づいた出発点 井上さんが本格的に創作へ向き合い始めたのは、美大卒業後の25歳の頃でした。「作品制作以外にやりたいことも、できることもなかった」と率直に語るように、どんな仕事も続かず、気づけば残っていたのは”作る”という選択肢だけだったといいます。それは苦しい状況から生まれた覚悟である一方、作家としての確かな起点になりました。 転機は2008年、雑貨メーカーとのコラボによるマスキングテープが思いがけずヒット。さらに紙ものブームの追い風もあって著書の出版やメディア出演も続き、停滞していたイラストレーター人生が大きく動き出しました。 そして2020年、インテリアショップIDEEとの出会いにより、受注制作中心の働き方から離れ、「作りたいものを作り、展示販売する」という現在のスタイルへ。創作そのものに集中できる環境が整い、作品世界が一段と広がっていきます。   素材を生み出すことから始まるコラージュ 井上さんの作品に独特の深みが宿るのは、使う素材の多くを自ら制作している点にあります。かつては洋書の文字や古紙を中心に用いていましたが、ある時ふと飽和感を覚え、紙や布に絵の具を塗ったり染めたり、オイルパステルで塗りつぶしたりと、素材そのものを生み出す方向へ舵を切りました。 「日々の暮らしの中で、人やモノとの出会い、音、言葉、といった様々なレイヤーやそのコラージュにときめく瞬間が、私の創作の源です。それらが時間をかけて発酵され、『わたし』というフィルターを通して作品となります。」 素材づくりと、日常から湧き上がる感覚とが溶け合い、一枚の作品へと練り上げられていく。そのプロセスそのものが作品の静かな深さにつながっているのでしょう。 また自身のドローイングを分解し、Photoshopで再構成し、シルクスクリーンで刷り、さらに切り刻むという「リ・コラージュ」も行っています。 「貼り合わせることと、プリントの作業が好き」と話すその姿勢は、技法の選択を超えて、思考の整理や感覚の更新といった、創作の内側にある循環のように見えます。 実際の作品には、紙の切り口の荒さや重なりの厚み、インクの密度の揺れなど、素材が持つ“差異の表情”がそのまま残されています。均一に整えるのではなく、違いを違いのまま置くことで、画面に静かな深さが生まれているのだと思います。   日常と地続きの制作リズム 制作は午前から夕方まで。犬の散歩へ出るまでの間に、常時10枚ほどを並行して進めるそうです。アトリエには紙、布、絵の具、蜜蝋、ボンド、カッターなど、多様な道具が自然な秩序で置かれています。 作業中の音の使い分けも印象的です。「手を動かす工程では Podcast を、絵づくりの段階では無音で」と語るように、集中の深さに応じて環境を丁寧に切り替えています。 アイデアが生まれるのは意外にも静かな場所。「眠る前や起きる前のまどろみが一番ひらめく」と言います。旅、散歩、アトリエに差す光など、特別ではない日常の断片がそのまま作品の種になっていく。創作と生活がゆるやかに混ざり合うリズムが、作品に自然な呼吸を与えているのかもしれません。   井上さんのアトリエ “見えないもの”を形にする試みと、作品を迎える人へ 現在は、目に見えない概念や感覚をコラージュでどう表現できるかというテーマに取り組んでいるとのこと。「当たり前のすごさに気付けるような表現を試したい」と話す姿勢には、身近な世界を丁寧に見つめ直す視点があります。 井上さんは「購入してくださることにまず感謝したい」と話します。そのお金で食事をし、画材を買い、旅をする。そしてまた作品が生まれる。その循環を裏切らないように、一点ずつ丁寧に向き合っているそうです。 部屋に飾ったとき、素敵な家具を迎えた時のように「あるだけで、なんだか嬉しい」と感じてもらえたら──そんな静かな願いが、作品の奥に確かに息づいているのです。  ...

    作家の深堀りコラム | 静寂と気配を重ねて──コラージュ作家・井上陽子の世界

    紙や布、そして描かれた線の断片。それらが互いに呼び合うように重なり、画面の中に奥行きある世界を作り出す井上陽子さんのコラージュ作品は、貼り合わせたパーツのわずかなズレや重なり方の差が、作品全体の空気を変えてゆきます。そうした“微細な変化”も、井上さんの作品の特徴だと感じています。 ご本人は「異なる素材が出会うことで新しいモノの見え方が生まれる」と語ります。その視点は素材だけでなく、光と影、言葉や音など日常のあらゆる組み合わせにもつながっているそうです。 実際の作品を見ると、紙片の余白や薄く染められた断片の層がしっとりとした気配を空間に滲ませ、色の重なりだけで気配が立ち上がるように感じさせてくれるのです。   「作品制作を糧にして生きていく」と気づいた出発点 井上さんが本格的に創作へ向き合い始めたのは、美大卒業後の25歳の頃でした。「作品制作以外にやりたいことも、できることもなかった」と率直に語るように、どんな仕事も続かず、気づけば残っていたのは”作る”という選択肢だけだったといいます。それは苦しい状況から生まれた覚悟である一方、作家としての確かな起点になりました。 転機は2008年、雑貨メーカーとのコラボによるマスキングテープが思いがけずヒット。さらに紙ものブームの追い風もあって著書の出版やメディア出演も続き、停滞していたイラストレーター人生が大きく動き出しました。 そして2020年、インテリアショップIDEEとの出会いにより、受注制作中心の働き方から離れ、「作りたいものを作り、展示販売する」という現在のスタイルへ。創作そのものに集中できる環境が整い、作品世界が一段と広がっていきます。   素材を生み出すことから始まるコラージュ 井上さんの作品に独特の深みが宿るのは、使う素材の多くを自ら制作している点にあります。かつては洋書の文字や古紙を中心に用いていましたが、ある時ふと飽和感を覚え、紙や布に絵の具を塗ったり染めたり、オイルパステルで塗りつぶしたりと、素材そのものを生み出す方向へ舵を切りました。 「日々の暮らしの中で、人やモノとの出会い、音、言葉、といった様々なレイヤーやそのコラージュにときめく瞬間が、私の創作の源です。それらが時間をかけて発酵され、『わたし』というフィルターを通して作品となります。」 素材づくりと、日常から湧き上がる感覚とが溶け合い、一枚の作品へと練り上げられていく。そのプロセスそのものが作品の静かな深さにつながっているのでしょう。 また自身のドローイングを分解し、Photoshopで再構成し、シルクスクリーンで刷り、さらに切り刻むという「リ・コラージュ」も行っています。 「貼り合わせることと、プリントの作業が好き」と話すその姿勢は、技法の選択を超えて、思考の整理や感覚の更新といった、創作の内側にある循環のように見えます。 実際の作品には、紙の切り口の荒さや重なりの厚み、インクの密度の揺れなど、素材が持つ“差異の表情”がそのまま残されています。均一に整えるのではなく、違いを違いのまま置くことで、画面に静かな深さが生まれているのだと思います。   日常と地続きの制作リズム 制作は午前から夕方まで。犬の散歩へ出るまでの間に、常時10枚ほどを並行して進めるそうです。アトリエには紙、布、絵の具、蜜蝋、ボンド、カッターなど、多様な道具が自然な秩序で置かれています。 作業中の音の使い分けも印象的です。「手を動かす工程では Podcast を、絵づくりの段階では無音で」と語るように、集中の深さに応じて環境を丁寧に切り替えています。 アイデアが生まれるのは意外にも静かな場所。「眠る前や起きる前のまどろみが一番ひらめく」と言います。旅、散歩、アトリエに差す光など、特別ではない日常の断片がそのまま作品の種になっていく。創作と生活がゆるやかに混ざり合うリズムが、作品に自然な呼吸を与えているのかもしれません。   井上さんのアトリエ “見えないもの”を形にする試みと、作品を迎える人へ 現在は、目に見えない概念や感覚をコラージュでどう表現できるかというテーマに取り組んでいるとのこと。「当たり前のすごさに気付けるような表現を試したい」と話す姿勢には、身近な世界を丁寧に見つめ直す視点があります。 井上さんは「購入してくださることにまず感謝したい」と話します。そのお金で食事をし、画材を買い、旅をする。そしてまた作品が生まれる。その循環を裏切らないように、一点ずつ丁寧に向き合っているそうです。 部屋に飾ったとき、素敵な家具を迎えた時のように「あるだけで、なんだか嬉しい」と感じてもらえたら──そんな静かな願いが、作品の奥に確かに息づいているのです。  ...

1 8