コレクション: 抽象画 abstract

Our Artists

当店に作品をご提供くださっている作家の皆さまをご紹介するページです。画家、イラストレーター、テキスタイルデザイナーなど、従来のカテゴリーにとらわれることなく、アートとデザインの境界を自由に行き来する、国内外の多彩な作家陣が参加しています。

作家紹介
  • 米津祐介という絵描き

    米津祐介という絵描き

    米津祐介さんの絵を前にすると、描かれているのは動物や道具、果物や花といった、ごくありふれたもののはずなのに、見る人の心がふと立ち止まり、考え始めるような静けさを感じます。線はかすかに揺れ、色はわずかににじむ。そのささやかな不均衡が、手のぬくもりと描く時間の積み重ねを感じさせ、心にやさしい余白を残していくのです。 例えば、描かれた動物たちは穏やかに佇み、笑っているようでも泣いているようでもない。けれど、その沈黙の中に、私たちはなにか人間的な感情の気配を見出します。 米津さんの絵は、語りかけるのではなく、見つめ返す。見る人がその眼差しに気づくとき、絵はひとつの対話を始めるのです。   はじまりは偶然の一枚から 1982年、東京生まれ。東海大学でデザインを学んだ米津さんは、もともと婦人靴の製造業を営むお父さまの背中を見て育ち、「将来、何か役に立てれば」と思いデザインの道に進みました。大学時代、友人の家で「イラストを描いてみよう」と誘われたことがきっかけで絵を描き始めたといいます。 漫画の模写はできても、オリジナルの絵になると何を描いていいかわからなかった。しかし、友人と描いた絵を見せ合ううちにその面白さに惹かれ、アートイベントに出展して一般の人に絵を見てもらうようになりました。その頃、初めて「イラストレーター」という職業を知り、目指すようになったそうです。 やがて展示会で「絵本のようですね」と声をかけられたことをきっかけに、試しに絵本を制作し、コンペに応募。賞は取れなかったものの審査を通過し、絵本という表現への手応えを感じたとおっしゃっていました。   転機となったボローニャ入選 2004年に大学を卒業し、アルバイトをしながら作品づくりを続けていた米津さん。翌2005年、世界最大級の絵本原画コンクール『イタリア・ボローニャ国際絵本原画展』で入選します。世界中の絵本作家が憧れるこのコンクールには、毎年80か国以上から数千人の応募者と数万点の作品が寄せられ、その中から選ばれるのはほんのひと握り。米津さんにとって、それは初めて自分の絵が世界の舞台に届いた瞬間でもありました。 この選出をきっかけに世界各国の出版社が集まるボローニャ・ブックフェアへ直接出向き、自ら作品を売り込みました。その場でスイスの出版社と出会い、絵本『Bye-Bye Binky』の出版が決定。この作品は最初に英語とドイツ語、フランス語で刊行され、グローバル展開の足掛かりとなりました。以降、作品はヨーロッパ、アメリカ、アジアなどで翻訳出版され、日本発の絵本作家として国際的に知られる存在となっていきます。   世界中で出版されている米津さんの絵本   クレパスとの出会い 米津さんの絵を特徴づけるのが、やわらかくも深みのあるクレパスの表現です。子どもが描くような自由さに憧れながらも、自身の几帳面な性格がそれを阻んでいたといいます。そんな中で出会ったのがクレパスでした。 「クレパスは、まっすぐ綺麗な線が描けない。どうしても歪んだり、太さが変わったりする。でも、そこに自然な味が生まれるんです。」 細密な表現が難しいぶん、偶然や制限が生む“思い通りにならなさ”が、逆に自分に合っていたと語ります。アクリル絵の具と違って準備の手間も少なく、「描きたいと思ったときにすぐ描ける」ことも魅力のひとつ。その制限と即興性が、米津さん独特のあたたかく奥行きのあるタッチを生み出しています。   米津さん愛用のクレパス   世界に届くやさしさ 絵本作家としての代表作『はんぶんこ!』(講談社)は、“分け合う”というテーマを、穴あきやめくりのしかけで体験できる構造に仕上げた作品です。英語版『Sharing』は、アメリカの書評誌 「Kirkus Reviews」 において2020年の Best Board...

    米津祐介という絵描き

    米津祐介さんの絵を前にすると、描かれているのは動物や道具、果物や花といった、ごくありふれたもののはずなのに、見る人の心がふと立ち止まり、考え始めるような静けさを感じます。線はかすかに揺れ、色はわずかににじむ。そのささやかな不均衡が、手のぬくもりと描く時間の積み重ねを感じさせ、心にやさしい余白を残していくのです。 例えば、描かれた動物たちは穏やかに佇み、笑っているようでも泣いているようでもない。けれど、その沈黙の中に、私たちはなにか人間的な感情の気配を見出します。 米津さんの絵は、語りかけるのではなく、見つめ返す。見る人がその眼差しに気づくとき、絵はひとつの対話を始めるのです。   はじまりは偶然の一枚から 1982年、東京生まれ。東海大学でデザインを学んだ米津さんは、もともと婦人靴の製造業を営むお父さまの背中を見て育ち、「将来、何か役に立てれば」と思いデザインの道に進みました。大学時代、友人の家で「イラストを描いてみよう」と誘われたことがきっかけで絵を描き始めたといいます。 漫画の模写はできても、オリジナルの絵になると何を描いていいかわからなかった。しかし、友人と描いた絵を見せ合ううちにその面白さに惹かれ、アートイベントに出展して一般の人に絵を見てもらうようになりました。その頃、初めて「イラストレーター」という職業を知り、目指すようになったそうです。 やがて展示会で「絵本のようですね」と声をかけられたことをきっかけに、試しに絵本を制作し、コンペに応募。賞は取れなかったものの審査を通過し、絵本という表現への手応えを感じたとおっしゃっていました。   転機となったボローニャ入選 2004年に大学を卒業し、アルバイトをしながら作品づくりを続けていた米津さん。翌2005年、世界最大級の絵本原画コンクール『イタリア・ボローニャ国際絵本原画展』で入選します。世界中の絵本作家が憧れるこのコンクールには、毎年80か国以上から数千人の応募者と数万点の作品が寄せられ、その中から選ばれるのはほんのひと握り。米津さんにとって、それは初めて自分の絵が世界の舞台に届いた瞬間でもありました。 この選出をきっかけに世界各国の出版社が集まるボローニャ・ブックフェアへ直接出向き、自ら作品を売り込みました。その場でスイスの出版社と出会い、絵本『Bye-Bye Binky』の出版が決定。この作品は最初に英語とドイツ語、フランス語で刊行され、グローバル展開の足掛かりとなりました。以降、作品はヨーロッパ、アメリカ、アジアなどで翻訳出版され、日本発の絵本作家として国際的に知られる存在となっていきます。   世界中で出版されている米津さんの絵本   クレパスとの出会い 米津さんの絵を特徴づけるのが、やわらかくも深みのあるクレパスの表現です。子どもが描くような自由さに憧れながらも、自身の几帳面な性格がそれを阻んでいたといいます。そんな中で出会ったのがクレパスでした。 「クレパスは、まっすぐ綺麗な線が描けない。どうしても歪んだり、太さが変わったりする。でも、そこに自然な味が生まれるんです。」 細密な表現が難しいぶん、偶然や制限が生む“思い通りにならなさ”が、逆に自分に合っていたと語ります。アクリル絵の具と違って準備の手間も少なく、「描きたいと思ったときにすぐ描ける」ことも魅力のひとつ。その制限と即興性が、米津さん独特のあたたかく奥行きのあるタッチを生み出しています。   米津さん愛用のクレパス   世界に届くやさしさ 絵本作家としての代表作『はんぶんこ!』(講談社)は、“分け合う”というテーマを、穴あきやめくりのしかけで体験できる構造に仕上げた作品です。英語版『Sharing』は、アメリカの書評誌 「Kirkus Reviews」 において2020年の Best Board...

  • 連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #3

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #3

    画像はAIによるイメージです   第3部:デジタル印刷と現代アートの新局面 20世紀後半からコンピュータが普及すると、印刷は再び大きな変化を迎えました。とくにジークレー印刷(顔料インクを微細に噴射する高精細インクジェット方式。広義には高品位インクジェットの総称として用いられることもある)は、原画の筆致や微妙な色合いを精緻に再現でき、アーカイバル(長期保存に耐えうる)品質を実現しました。美術館やギャラリーは所蔵作品の複製や保存に活用し、名画が教育や家庭に広く届くようになったのです。 デジタル印刷の強みは、プリント・オン・デマンド(必要な分だけ刷る仕組み)と品質の安定にあります。在庫を抱えるリスクが減り、作家やブランドが柔軟に市場に作品を届けられるようになりました。さらにカラーマネジメント(異なる機器間で色を正確に合わせる技術)の発展で、紙質や白色度を選びながら作品の仕上がりを設計できるようになりました。これにより、アートをインテリアとして楽しむ文化が一気に広がり、オンラインで購入し自宅に飾る体験が一般化しました。 同時に、美術館のデジタルアーカイブ(作品を高解像度で記録・公開する取り組み)も進展しました。現地展示が難しい文化財や壁画も、アーカイブを通じて世界中からアクセス可能になり、保存と公開の両立が可能となっています。 一方で、複製が正確になるほど「オリジナルとは何か」という問いが強くなります。ここで登場するのがNFT(ブロックチェーン上でデータの唯一性を証明する仕組み)やエディション管理(限定部数を決め、署名や番号で保証する方法)です。デジタルの拡散性を持ちながらも固有性を確保する取り組みが広がり、アートの新しい価値観を提示しています。 つまり現代の印刷は、アートを民主化(誰もが楽しめるようにすること)すると同時に、特権化(希少性を強調すること)も進めています。誰でも高品質な複製を持てる一方で、限定プリントやNFTが「唯一性」を再び際立たせるのです。私たちは複製とオリジナルの間を自由に行き来しながら、これまで以上に多様なアート体験を楽しめるようになっています。 中世は宗教画の普及、近代は版の表現拡張、現代はデジタルによる再設計。印刷技術はアートとともに進化し、人々の「見る/持つ/共有する」体験を絶えず更新してきました。これからも新しい技術が登場するたびに、アートの在り方は変化し続けていくでしょう。   第1部はこちら  第2部はこちら  

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #3

    画像はAIによるイメージです   第3部:デジタル印刷と現代アートの新局面 20世紀後半からコンピュータが普及すると、印刷は再び大きな変化を迎えました。とくにジークレー印刷(顔料インクを微細に噴射する高精細インクジェット方式。広義には高品位インクジェットの総称として用いられることもある)は、原画の筆致や微妙な色合いを精緻に再現でき、アーカイバル(長期保存に耐えうる)品質を実現しました。美術館やギャラリーは所蔵作品の複製や保存に活用し、名画が教育や家庭に広く届くようになったのです。 デジタル印刷の強みは、プリント・オン・デマンド(必要な分だけ刷る仕組み)と品質の安定にあります。在庫を抱えるリスクが減り、作家やブランドが柔軟に市場に作品を届けられるようになりました。さらにカラーマネジメント(異なる機器間で色を正確に合わせる技術)の発展で、紙質や白色度を選びながら作品の仕上がりを設計できるようになりました。これにより、アートをインテリアとして楽しむ文化が一気に広がり、オンラインで購入し自宅に飾る体験が一般化しました。 同時に、美術館のデジタルアーカイブ(作品を高解像度で記録・公開する取り組み)も進展しました。現地展示が難しい文化財や壁画も、アーカイブを通じて世界中からアクセス可能になり、保存と公開の両立が可能となっています。 一方で、複製が正確になるほど「オリジナルとは何か」という問いが強くなります。ここで登場するのがNFT(ブロックチェーン上でデータの唯一性を証明する仕組み)やエディション管理(限定部数を決め、署名や番号で保証する方法)です。デジタルの拡散性を持ちながらも固有性を確保する取り組みが広がり、アートの新しい価値観を提示しています。 つまり現代の印刷は、アートを民主化(誰もが楽しめるようにすること)すると同時に、特権化(希少性を強調すること)も進めています。誰でも高品質な複製を持てる一方で、限定プリントやNFTが「唯一性」を再び際立たせるのです。私たちは複製とオリジナルの間を自由に行き来しながら、これまで以上に多様なアート体験を楽しめるようになっています。 中世は宗教画の普及、近代は版の表現拡張、現代はデジタルによる再設計。印刷技術はアートとともに進化し、人々の「見る/持つ/共有する」体験を絶えず更新してきました。これからも新しい技術が登場するたびに、アートの在り方は変化し続けていくでしょう。   第1部はこちら  第2部はこちら  

  • 連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #2

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #2

    画像はAIによるイメージです   第2部:近代印刷と芸術表現の拡張 19世紀になると、印刷は単なる複製手段を超え、芸術家の表現手段そのものとして用いられるようになります。 まず重要なのがリトグラフ(石版画。石灰岩に油性描画をし、薬品処理後に水と油の反発を利用して刷る技法)です。木版や銅版に比べ、自由な筆致や柔らかな濃淡をそのまま紙に転写できるため、芸術家にとって新しい可能性を開きました。フランスではドラクロワやトゥールーズ=ロートレックが積極的に活用し、特にロートレックは劇場やカフェのポスターで街を彩り、広告と芸術の境界を軽やかに飛び越えました。街そのものが「屋外の美術館」として機能し、人々は歩きながら芸術に触れる時代が訪れます。 一方、銅版画(凹版印刷。金属板に線や面を刻み、インクを詰めてプレスで刷る方法)も進化します。エッチング(酸で金属を腐食させて線を刻む技法)やアクアチント(粉状樹脂で面の階調を作る技法)は、細やかな線と豊かな陰影を可能にし、ゴヤやピカソらが探求しました。複製でありながら、各刷りごとに異なる味わいが生まれるため、版画は単なるコピーではなく「もうひとつのオリジナル」(複製でありながら独立した作品)として扱われました。 20世紀に入ると、シルクスクリーン(メッシュ状の版からインクを押し出す孔版印刷。現在はポリエステルなど合成繊維メッシュが主流)が広がります。もともと商業印刷に使われていた技法を芸術へ持ち込んだのが、アンディ・ウォーホルに代表されるポップアートです。彼の《マリリン・モンロー》や《キャンベルスープ缶》は、同じイメージを繰り返し刷りながら、色や配置を変えることで、大量生産社会の均質さと、その中で揺らぐ個性の両方を可視化しました。 こうした近代印刷の広がりは、外に広げる力と内に深める力を同時に持っていました。ポスターや雑誌は形やデザインの表現方法、すなわち造形の言語を社会に伝え、家庭にまで芸術を届けたのです。一方で作家は版材やインク、圧力を操作し、絵具では得られない線やマチエール(技術的に創り出された素材感)を追求しました。 ここで大切なのは、「複製だから価値が下がる」のではなく、複製でしか生み出せない表現があると認められたことです。街は屋外の展示空間となり、家庭は小さなギャラリーとなりました。印刷は芸術を拡張し、日常と芸術の距離を縮めていったのです。   第3部に続く(第1部はこちらから)

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #2

    画像はAIによるイメージです   第2部:近代印刷と芸術表現の拡張 19世紀になると、印刷は単なる複製手段を超え、芸術家の表現手段そのものとして用いられるようになります。 まず重要なのがリトグラフ(石版画。石灰岩に油性描画をし、薬品処理後に水と油の反発を利用して刷る技法)です。木版や銅版に比べ、自由な筆致や柔らかな濃淡をそのまま紙に転写できるため、芸術家にとって新しい可能性を開きました。フランスではドラクロワやトゥールーズ=ロートレックが積極的に活用し、特にロートレックは劇場やカフェのポスターで街を彩り、広告と芸術の境界を軽やかに飛び越えました。街そのものが「屋外の美術館」として機能し、人々は歩きながら芸術に触れる時代が訪れます。 一方、銅版画(凹版印刷。金属板に線や面を刻み、インクを詰めてプレスで刷る方法)も進化します。エッチング(酸で金属を腐食させて線を刻む技法)やアクアチント(粉状樹脂で面の階調を作る技法)は、細やかな線と豊かな陰影を可能にし、ゴヤやピカソらが探求しました。複製でありながら、各刷りごとに異なる味わいが生まれるため、版画は単なるコピーではなく「もうひとつのオリジナル」(複製でありながら独立した作品)として扱われました。 20世紀に入ると、シルクスクリーン(メッシュ状の版からインクを押し出す孔版印刷。現在はポリエステルなど合成繊維メッシュが主流)が広がります。もともと商業印刷に使われていた技法を芸術へ持ち込んだのが、アンディ・ウォーホルに代表されるポップアートです。彼の《マリリン・モンロー》や《キャンベルスープ缶》は、同じイメージを繰り返し刷りながら、色や配置を変えることで、大量生産社会の均質さと、その中で揺らぐ個性の両方を可視化しました。 こうした近代印刷の広がりは、外に広げる力と内に深める力を同時に持っていました。ポスターや雑誌は形やデザインの表現方法、すなわち造形の言語を社会に伝え、家庭にまで芸術を届けたのです。一方で作家は版材やインク、圧力を操作し、絵具では得られない線やマチエール(技術的に創り出された素材感)を追求しました。 ここで大切なのは、「複製だから価値が下がる」のではなく、複製でしか生み出せない表現があると認められたことです。街は屋外の展示空間となり、家庭は小さなギャラリーとなりました。印刷は芸術を拡張し、日常と芸術の距離を縮めていったのです。   第3部に続く(第1部はこちらから)

  • 連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #1

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #1

    画像はAIによるイメージです   印刷技術の発展は、アートの在り方を大きく変えてきました。中世ヨーロッパの宗教画から江戸の浮世絵、近代ポスター、そして現代のデジタル印刷やNFTまで。アートは“限られた人のもの”から“誰もが手にできるもの”へと広がり、その価値や楽しみ方も多様化しました。本連載では、印刷とアートの関係を三つの時代に分けてたどります。   第1部:印刷の誕生とアートの大衆化 アートは長い間、王侯貴族や宗教組織といった限られた人々の所有物でした。一点ものの絵画や彫刻は制作に膨大な時間と費用がかかり、飾られる場も教会や城館に限られていたからです。庶民にとって「アートを持つ」という発想自体が存在しなかった時代に、その常識を変えたのが「印刷」でした。 15世紀半ば、ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷(取り外し可能な金属活字を組み、圧力で紙に転写する方式)の普及と並行して、書物の挿絵や宗教版画など木版・銅版によるイメージ印刷も一気に広がります。宗教的な物語や寓意(象徴的な意味や例え話)は、文字を読めない人にも絵を通して伝わるようになりました。写本や一点物に閉じていたイメージが、社会全体に広がり始めたのです。宗教改革やルネサンスの思想がヨーロッパ各地へ拡散した背景にも、この「複製可能なイメージ」の力がありました。 日本でも木版印刷は早くから根づき、奈良時代の百万塔陀羅尼(仏教経典を印刷した現存最古級の印刷物)にまで遡れます。江戸時代に入ると技術は飛躍し、錦絵(多色刷り木版画。色ごとに版を分けて重ね刷りする)として庶民文化の中心に躍り出ます。葛飾北斎の『冨嶽三十六景』や喜多川歌麿の美人画は、鮮やかな色彩と流麗な線で人々を魅了し、価格も比較的手頃でした。町人や職人の家に貼られた浮世絵は、現代のポスターや雑誌に近い存在であり、娯楽や流行の媒介でもあったのです。 ここで重要なのは、印刷がもたらした所有の民主化(一部の人しか持てなかったアートを、多くの人が手にできるようにしたこと)です。都市化や商業の発展とも重なり、絵は市場で流通する商品となりました。版元(現在の出版社に近い存在)が企画を担い、彫師・摺師との分業体制が確立したことで、品質が安定し供給も拡大します。 もちろん「複製はオリジナルの価値を損なうのではないか」という議論も当時からありました。しかし現実には、オリジナルの一点物は象徴的な存在として尊ばれ、複製は文化を広げる媒体として機能するという二重の構造が生まれました。この枠組みは現代まで続き、ポスターやアートプリントの市場に受け継がれています。 印刷は単なる技術革新ではなく、人々の鑑賞体験そのものを変えました。「見るもの」から「持てるもの」へ。この価値観の転換こそが、後に続く近代ポスター文化やグラフィックアート、そして現代のインテリアアートにつながる出発点となったのです。 第2部に続く

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #1

    画像はAIによるイメージです   印刷技術の発展は、アートの在り方を大きく変えてきました。中世ヨーロッパの宗教画から江戸の浮世絵、近代ポスター、そして現代のデジタル印刷やNFTまで。アートは“限られた人のもの”から“誰もが手にできるもの”へと広がり、その価値や楽しみ方も多様化しました。本連載では、印刷とアートの関係を三つの時代に分けてたどります。   第1部:印刷の誕生とアートの大衆化 アートは長い間、王侯貴族や宗教組織といった限られた人々の所有物でした。一点ものの絵画や彫刻は制作に膨大な時間と費用がかかり、飾られる場も教会や城館に限られていたからです。庶民にとって「アートを持つ」という発想自体が存在しなかった時代に、その常識を変えたのが「印刷」でした。 15世紀半ば、ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷(取り外し可能な金属活字を組み、圧力で紙に転写する方式)の普及と並行して、書物の挿絵や宗教版画など木版・銅版によるイメージ印刷も一気に広がります。宗教的な物語や寓意(象徴的な意味や例え話)は、文字を読めない人にも絵を通して伝わるようになりました。写本や一点物に閉じていたイメージが、社会全体に広がり始めたのです。宗教改革やルネサンスの思想がヨーロッパ各地へ拡散した背景にも、この「複製可能なイメージ」の力がありました。 日本でも木版印刷は早くから根づき、奈良時代の百万塔陀羅尼(仏教経典を印刷した現存最古級の印刷物)にまで遡れます。江戸時代に入ると技術は飛躍し、錦絵(多色刷り木版画。色ごとに版を分けて重ね刷りする)として庶民文化の中心に躍り出ます。葛飾北斎の『冨嶽三十六景』や喜多川歌麿の美人画は、鮮やかな色彩と流麗な線で人々を魅了し、価格も比較的手頃でした。町人や職人の家に貼られた浮世絵は、現代のポスターや雑誌に近い存在であり、娯楽や流行の媒介でもあったのです。 ここで重要なのは、印刷がもたらした所有の民主化(一部の人しか持てなかったアートを、多くの人が手にできるようにしたこと)です。都市化や商業の発展とも重なり、絵は市場で流通する商品となりました。版元(現在の出版社に近い存在)が企画を担い、彫師・摺師との分業体制が確立したことで、品質が安定し供給も拡大します。 もちろん「複製はオリジナルの価値を損なうのではないか」という議論も当時からありました。しかし現実には、オリジナルの一点物は象徴的な存在として尊ばれ、複製は文化を広げる媒体として機能するという二重の構造が生まれました。この枠組みは現代まで続き、ポスターやアートプリントの市場に受け継がれています。 印刷は単なる技術革新ではなく、人々の鑑賞体験そのものを変えました。「見るもの」から「持てるもの」へ。この価値観の転換こそが、後に続く近代ポスター文化やグラフィックアート、そして現代のインテリアアートにつながる出発点となったのです。 第2部に続く

  • アートがもたらす癒しと安らぎについて

    アートがもたらす癒しと安らぎについて

    画像は社会福祉法人おぶすまメンバーの制作風景   アートは、ただ美しいだけの存在ではありません。心を落ち着かせたり、日々のストレスを和らげたりする力を持っています。ここでは研究や事例をもとに、アートがもたらす癒しの効果を科学的な視点から見ていきましょう。   ストレスを和らげる 絵を眺めたり描いたりすると、ストレスホルモンのコルチゾールが低下することが報告されています。短時間の創作体験でも効果が認められており、好きな色を塗るだけで気持ちが落ち着いたり、美術館に足を運ぶと頭の中が整理されたように感じられるのもその一例です。日常にアートを少し取り入れるだけで、呼吸が深まり、気持ちが軽くなる瞬間が増えていくでしょう。   感情の表現と解放 アートは、言葉では伝えきれない感情を自由に表す手段です。心理療法で行われるアートセラピーでは、絵や造形を通して気持ちを形にすることで心の負担が軽くなり、安定につながるとされています。日常でも、落ち込んだときに無意識に線を描いたり、音楽を聴きながら色を重ねたりすることが、自分の気持ちを整理する助けになるでしょう。小児病棟での研究では、創作体験の後に気分が改善したという報告もあり、アートが安心感や自己肯定感を支える場面が実際に確認されています。   リラクゼーションの促進 病院やクリニックでアートや自然の風景が取り入れられているのには理由があります。自然を眺められる病室の患者は、壁しか見えない病室と比べて入院期間が短く、鎮痛薬の使用も少なかった──そんな研究結果が広く知られています。イギリスのグレート・オーモンド・ストリート病院(GOSH)の「GOSH Arts」や、アメリカのモフィットがんセンター、ネブラスカ・メディスンの「Healing Arts」では、院内展示や参加型プログラムを通じて、不安や痛みをやわらげる活動が続けられています。家庭でも同じで、リビングや寝室にお気に入りの作品を飾るだけで、空間がやさしく整い、自然と心が休まる場所に変わっていきます。   脳の活性化 作品を鑑賞すると、脳の報酬系が刺激され、前向きな気分が引き出されることが知られています。神経美学の研究でも、芸術体験が脳の働きと深く結びついていることが示されています。イギリスのテート・モダンでは、ウェルビーイングをテーマにしたワークショップやイベントを継続的に実施し、来館者にマインドフルな鑑賞やコミュニティ参加を促してきました。ストックホルムの地下鉄は「世界一長い美術館」と呼ばれ、通勤そのものを豊かな体験に変えています。   福祉と社会をアートでつなぐ 医療や福祉とアート・デザインの関わりは以前から研究や実践が続けられてきましたが、近年は国際的な議論の場でも改めて注目されています。2025年2月18・19日にデンマークのユラン半島バイレ市で開かれた「Matsumae Business 2025」シンポジウムでは、日本大使館とバイレ市の共催のもと、「ウェルフェアテクノロジーと孤独/孤立問題」に焦点を当てたプログラムが行われました。 この場で、医療福祉分野でも広く活躍しているテキスタイル&インテリアデザイナーの河東梨香さんが講演を行い、「医療福祉におけるデザインとアートの役割」について語られています。その中で a good view との取り組みにも触れられました。 埼玉県飯能市の社会福祉法人おぶすま福祉会は2013年に木製品ブランド「OBUSUMA(おぶすま)」を立ち上げ、更に昨年からは、障がいのある人たちの新しい自己表現の場をつくり、才能の発掘や育成を目指してアート活動を続けています。 河東さんはこれらのアートディレクションを担い、その中で地域の子どもたち向けのアートワークショップを行ったり、今年度、飯能市が市で生まれた赤ちゃんにプレゼントするOBUSUMA製積み木のリーフレットを利用者さんのアートや文字を使いデザインしています。    ...

    アートがもたらす癒しと安らぎについて

    画像は社会福祉法人おぶすまメンバーの制作風景   アートは、ただ美しいだけの存在ではありません。心を落ち着かせたり、日々のストレスを和らげたりする力を持っています。ここでは研究や事例をもとに、アートがもたらす癒しの効果を科学的な視点から見ていきましょう。   ストレスを和らげる 絵を眺めたり描いたりすると、ストレスホルモンのコルチゾールが低下することが報告されています。短時間の創作体験でも効果が認められており、好きな色を塗るだけで気持ちが落ち着いたり、美術館に足を運ぶと頭の中が整理されたように感じられるのもその一例です。日常にアートを少し取り入れるだけで、呼吸が深まり、気持ちが軽くなる瞬間が増えていくでしょう。   感情の表現と解放 アートは、言葉では伝えきれない感情を自由に表す手段です。心理療法で行われるアートセラピーでは、絵や造形を通して気持ちを形にすることで心の負担が軽くなり、安定につながるとされています。日常でも、落ち込んだときに無意識に線を描いたり、音楽を聴きながら色を重ねたりすることが、自分の気持ちを整理する助けになるでしょう。小児病棟での研究では、創作体験の後に気分が改善したという報告もあり、アートが安心感や自己肯定感を支える場面が実際に確認されています。   リラクゼーションの促進 病院やクリニックでアートや自然の風景が取り入れられているのには理由があります。自然を眺められる病室の患者は、壁しか見えない病室と比べて入院期間が短く、鎮痛薬の使用も少なかった──そんな研究結果が広く知られています。イギリスのグレート・オーモンド・ストリート病院(GOSH)の「GOSH Arts」や、アメリカのモフィットがんセンター、ネブラスカ・メディスンの「Healing Arts」では、院内展示や参加型プログラムを通じて、不安や痛みをやわらげる活動が続けられています。家庭でも同じで、リビングや寝室にお気に入りの作品を飾るだけで、空間がやさしく整い、自然と心が休まる場所に変わっていきます。   脳の活性化 作品を鑑賞すると、脳の報酬系が刺激され、前向きな気分が引き出されることが知られています。神経美学の研究でも、芸術体験が脳の働きと深く結びついていることが示されています。イギリスのテート・モダンでは、ウェルビーイングをテーマにしたワークショップやイベントを継続的に実施し、来館者にマインドフルな鑑賞やコミュニティ参加を促してきました。ストックホルムの地下鉄は「世界一長い美術館」と呼ばれ、通勤そのものを豊かな体験に変えています。   福祉と社会をアートでつなぐ 医療や福祉とアート・デザインの関わりは以前から研究や実践が続けられてきましたが、近年は国際的な議論の場でも改めて注目されています。2025年2月18・19日にデンマークのユラン半島バイレ市で開かれた「Matsumae Business 2025」シンポジウムでは、日本大使館とバイレ市の共催のもと、「ウェルフェアテクノロジーと孤独/孤立問題」に焦点を当てたプログラムが行われました。 この場で、医療福祉分野でも広く活躍しているテキスタイル&インテリアデザイナーの河東梨香さんが講演を行い、「医療福祉におけるデザインとアートの役割」について語られています。その中で a good view との取り組みにも触れられました。 埼玉県飯能市の社会福祉法人おぶすま福祉会は2013年に木製品ブランド「OBUSUMA(おぶすま)」を立ち上げ、更に昨年からは、障がいのある人たちの新しい自己表現の場をつくり、才能の発掘や育成を目指してアート活動を続けています。 河東さんはこれらのアートディレクションを担い、その中で地域の子どもたち向けのアートワークショップを行ったり、今年度、飯能市が市で生まれた赤ちゃんにプレゼントするOBUSUMA製積み木のリーフレットを利用者さんのアートや文字を使いデザインしています。    ...

  • 部屋を彩るインテリアのアクセント

    部屋を彩るインテリアのアクセント

    部屋の雰囲気は、壁や床、家具といった大きな要素だけで決まるわけではありません。そこに“ひとさじ”の彩りや質感を加えるだけで、空間はぐっと豊かに変わります。この役割を果たすのが「インテリアのアクセント」です。 アクセントとは、色や形、素材感で視線を引き、単調になりがちな空間にリズムや変化を与える存在です。クッションやラグ、照明、観葉植物、オブジェなど、決して大きくないアイテムでも、その効果を想像以上に感じることがあります。ひとつ加えるだけで部屋にテーマ性が生まれ、印象が引き締まります。 今回は、そんな「インテリアのアクセント」の役割や効果、選び方のヒントに加え、身近に取り入れやすいアートポスターの活用法について掘り下げてみます。   アクセントがもたらす効果 視線の焦点をつくる部屋全体を見渡したとき、自然と目が止まるポイントがあると、空間が整理されて見えやすくなります。たとえば、白い壁に飾ったアートや、ソファに置いた鮮やかなクッションがひとつあるだけで、そこが部屋の“見せ場”になります。視線の流れが整うことで、多くの人が安心感を覚え、過ごしやすさが増すと考えられます。 季節感や雰囲気を変える春は淡い色、夏は涼しげなブルー、秋は深みのあるブラウンやオレンジ、冬は温かみのあるレッドやゴールドなど、色や素材で四季を表現できます。季節の移ろいを取り入れることで、暮らしにリズムや豊かさが加わります。 余談ですが、海外の家庭に比べると日本の住宅は白や木目など控えめな色が多い傾向があります。都市部の住まいが比較的コンパクトで「明るく広く見せたい」という意識が強いことに加え、畳や障子、漆喰壁といった淡い色調を基調とした伝統的な住まいの影響も背景にあると考えられます。そのため、アクセントカラーや小物を取り入れたときの変化が際立ちやすいのも、日本の住空間ならではの特徴と言えるでしょう。 奥行きや広がりを出す視線の流れを工夫することで、空間に奥行きが生まれます。たとえば縦長のアートは天井を高く、横長のラグは部屋を広く見せる効果があります。正方形のアートは縦横どちらかに強調がなく、安定感を与えやすい形です。特に複数を並べるとリズム感が生まれ、壁面に整然とした印象を与えます。 心理的効果を高めるアクセントには感情や行動に作用する可能性も指摘されています。グリーンや木目調のアイテムは安心感をもたらし、ブルーは集中を助け、赤やオレンジは会話を弾ませる傾向があるといわれます。ただし効果には個人差があるため、あくまで目安と考えるとよいでしょう。   アクセントを選ぶときのポイント ベースカラーとの調和床・壁・家具などのベースカラーと馴染む色を選ぶと、アクセントが自然に溶け込む傾向があります。反対色を使う場合は、面積や彩度を抑えてポイント的に配置すると上品にまとまりやすいとされます。 主役は絞るアクセントアイテムをあれこれ置くと、視線が散って落ち着かない印象になりがちです。部屋ごとに主役を1〜2点に絞ると、統一感が生まれます。アートを複数並べる場合も、サイズやフレームを揃えて“ひとまとまり”に見せれば、一つの主役として空間にリズムを与えることができます。 サイズと素材感小さすぎると存在感がなく、大きすぎると圧迫感を与えることがあります。部屋の広さや家具とのバランスを見てサイズを選び、質感も空間の雰囲気に合わせると完成度が高まります。金属やガラスの素材は都会的でシャープに、布や木は柔らかく温かい印象を与えます。   部屋別・アクセントの実例 リビング家族や来客が集まる空間は、視線を集める“主役”を一つ決めると印象がぐっと高まる傾向があります。ソファの上に鮮やかなクッションを置き、背面の壁にアートポスターを一枚飾ると、空間に華やぎとまとまりを感じやすくなります。観葉植物を添えることで、さらに奥行きとリラックス感が加わります。 寝室落ち着きが求められる寝室は、淡い色合いのアクセントが向いているといわれます。ベッドサイドの照明を温かみのあるトーンに変え、柔らかな布地のクッションやブランケットを足元に。壁に小さめの正方形アートを並べると、規則的なリズムが生まれ、安心感を与えやすくなります 玄関住まいの第一印象を決める玄関は、アクセントを置くのに適した場所です。シューズボックスの上に小さな花瓶を置き、壁にアートポスターを一枚加えると、おもてなしの雰囲気を演出しやすくなります。狭い空間だからこそ、アクセントが効果的に映えるケースが多いのでしょう。   アートポスターという選択肢 数あるアクセントアイテムの中でも、特に取り入れやすく効果が期待できるのがアートポスターです。ポスターは壁面に“見せ場”をつくり、色彩や構図、モチーフによって空間の雰囲気を自在に変えることができます。 手軽に模様替えできるフレームサイズを統一しておけば、中身を差し替えるだけで季節や気分に合わせた演出が可能になります。数枚を入れ替えるだけでも、模様替えをしたような新鮮さを感じることでしょう。 複数枚の配置でリズムを生む一枚で主役をつくるだけでなく、大小のポスターを組み合わせたり、等間隔に並べることで、壁面にリズムや物語性を持たせやすくなります。 照明で印象が変わるスポットライトや間接照明で照らすと、色や質感が引き立ち、作品の印象が変わるとされています。リビングなら柔らかい光でくつろぎを、ワークスペースなら明るくシャープに、と光の当て方でも演出が変わります。 コストを抑えつつ表現の幅が広がる原画に比べて手頃な価格ながら、部屋の完成度を高める効果が期待できます。さらに、好みや気分で気軽に差し替えられるため、暮らしに“動き”を取り込む手段として適しています。 インテリアのアクセントは「小さな存在で大きな変化を生む」といわれます。その中でもアートポスターは、手軽さと表現力を兼ね備え、日常に取り入れやすい選択肢。単に飾るだけでなく、視線・色彩・心理的効果を意識すれば、暮らしの質はぐっと高まるはず。 リビング、寝室、玄関といった身近な空間に一枚添えるだけでも、生活はより豊かで心地よいものになるでしょう。ぜひ日々の生活に、ひとつのアクセントを加える楽しみを見つけてみてください。  ...

    部屋を彩るインテリアのアクセント

    部屋の雰囲気は、壁や床、家具といった大きな要素だけで決まるわけではありません。そこに“ひとさじ”の彩りや質感を加えるだけで、空間はぐっと豊かに変わります。この役割を果たすのが「インテリアのアクセント」です。 アクセントとは、色や形、素材感で視線を引き、単調になりがちな空間にリズムや変化を与える存在です。クッションやラグ、照明、観葉植物、オブジェなど、決して大きくないアイテムでも、その効果を想像以上に感じることがあります。ひとつ加えるだけで部屋にテーマ性が生まれ、印象が引き締まります。 今回は、そんな「インテリアのアクセント」の役割や効果、選び方のヒントに加え、身近に取り入れやすいアートポスターの活用法について掘り下げてみます。   アクセントがもたらす効果 視線の焦点をつくる部屋全体を見渡したとき、自然と目が止まるポイントがあると、空間が整理されて見えやすくなります。たとえば、白い壁に飾ったアートや、ソファに置いた鮮やかなクッションがひとつあるだけで、そこが部屋の“見せ場”になります。視線の流れが整うことで、多くの人が安心感を覚え、過ごしやすさが増すと考えられます。 季節感や雰囲気を変える春は淡い色、夏は涼しげなブルー、秋は深みのあるブラウンやオレンジ、冬は温かみのあるレッドやゴールドなど、色や素材で四季を表現できます。季節の移ろいを取り入れることで、暮らしにリズムや豊かさが加わります。 余談ですが、海外の家庭に比べると日本の住宅は白や木目など控えめな色が多い傾向があります。都市部の住まいが比較的コンパクトで「明るく広く見せたい」という意識が強いことに加え、畳や障子、漆喰壁といった淡い色調を基調とした伝統的な住まいの影響も背景にあると考えられます。そのため、アクセントカラーや小物を取り入れたときの変化が際立ちやすいのも、日本の住空間ならではの特徴と言えるでしょう。 奥行きや広がりを出す視線の流れを工夫することで、空間に奥行きが生まれます。たとえば縦長のアートは天井を高く、横長のラグは部屋を広く見せる効果があります。正方形のアートは縦横どちらかに強調がなく、安定感を与えやすい形です。特に複数を並べるとリズム感が生まれ、壁面に整然とした印象を与えます。 心理的効果を高めるアクセントには感情や行動に作用する可能性も指摘されています。グリーンや木目調のアイテムは安心感をもたらし、ブルーは集中を助け、赤やオレンジは会話を弾ませる傾向があるといわれます。ただし効果には個人差があるため、あくまで目安と考えるとよいでしょう。   アクセントを選ぶときのポイント ベースカラーとの調和床・壁・家具などのベースカラーと馴染む色を選ぶと、アクセントが自然に溶け込む傾向があります。反対色を使う場合は、面積や彩度を抑えてポイント的に配置すると上品にまとまりやすいとされます。 主役は絞るアクセントアイテムをあれこれ置くと、視線が散って落ち着かない印象になりがちです。部屋ごとに主役を1〜2点に絞ると、統一感が生まれます。アートを複数並べる場合も、サイズやフレームを揃えて“ひとまとまり”に見せれば、一つの主役として空間にリズムを与えることができます。 サイズと素材感小さすぎると存在感がなく、大きすぎると圧迫感を与えることがあります。部屋の広さや家具とのバランスを見てサイズを選び、質感も空間の雰囲気に合わせると完成度が高まります。金属やガラスの素材は都会的でシャープに、布や木は柔らかく温かい印象を与えます。   部屋別・アクセントの実例 リビング家族や来客が集まる空間は、視線を集める“主役”を一つ決めると印象がぐっと高まる傾向があります。ソファの上に鮮やかなクッションを置き、背面の壁にアートポスターを一枚飾ると、空間に華やぎとまとまりを感じやすくなります。観葉植物を添えることで、さらに奥行きとリラックス感が加わります。 寝室落ち着きが求められる寝室は、淡い色合いのアクセントが向いているといわれます。ベッドサイドの照明を温かみのあるトーンに変え、柔らかな布地のクッションやブランケットを足元に。壁に小さめの正方形アートを並べると、規則的なリズムが生まれ、安心感を与えやすくなります 玄関住まいの第一印象を決める玄関は、アクセントを置くのに適した場所です。シューズボックスの上に小さな花瓶を置き、壁にアートポスターを一枚加えると、おもてなしの雰囲気を演出しやすくなります。狭い空間だからこそ、アクセントが効果的に映えるケースが多いのでしょう。   アートポスターという選択肢 数あるアクセントアイテムの中でも、特に取り入れやすく効果が期待できるのがアートポスターです。ポスターは壁面に“見せ場”をつくり、色彩や構図、モチーフによって空間の雰囲気を自在に変えることができます。 手軽に模様替えできるフレームサイズを統一しておけば、中身を差し替えるだけで季節や気分に合わせた演出が可能になります。数枚を入れ替えるだけでも、模様替えをしたような新鮮さを感じることでしょう。 複数枚の配置でリズムを生む一枚で主役をつくるだけでなく、大小のポスターを組み合わせたり、等間隔に並べることで、壁面にリズムや物語性を持たせやすくなります。 照明で印象が変わるスポットライトや間接照明で照らすと、色や質感が引き立ち、作品の印象が変わるとされています。リビングなら柔らかい光でくつろぎを、ワークスペースなら明るくシャープに、と光の当て方でも演出が変わります。 コストを抑えつつ表現の幅が広がる原画に比べて手頃な価格ながら、部屋の完成度を高める効果が期待できます。さらに、好みや気分で気軽に差し替えられるため、暮らしに“動き”を取り込む手段として適しています。 インテリアのアクセントは「小さな存在で大きな変化を生む」といわれます。その中でもアートポスターは、手軽さと表現力を兼ね備え、日常に取り入れやすい選択肢。単に飾るだけでなく、視線・色彩・心理的効果を意識すれば、暮らしの質はぐっと高まるはず。 リビング、寝室、玄関といった身近な空間に一枚添えるだけでも、生活はより豊かで心地よいものになるでしょう。ぜひ日々の生活に、ひとつのアクセントを加える楽しみを見つけてみてください。  ...

  • 【終了】甲府市のウフ フェリア店さまで、a good view のポップアップイベントが開催中

    【終了】甲府市のウフ フェリア店さまで、a good view のポップアップイベントが開催中

    甲府市郊外に佇む雑貨店 「ウフ フェリア店」さまで、a good view のポップアップイベントが開催中です。 店名の「oeuf(ウフ)」はフランス語で“卵”。雑貨を卵にたとえ、「お客様とともに温め、育てていきたい」という想いが込められています。 店内には、暮らしを心地よく彩るキッチン雑貨やインテリア小物、贈り物にぴったりのアイテムが並びます。ナチュラルで温かみのあるセレクトは、手に取るだけで気持ちをやわらげてくれるよう。 甲府の街中から少し足をのばせば、ゆったりとした時間の中で、日常に寄り添う“お気に入り”に出会えるお店です。     ウフ フェリア店店舗住所:  〒400-0046 山梨県甲府市下石田2丁目29−4 フェリアビル1F開催期間: 9/27(土)~  10/19(日)営業時間: 11:00~20:00https://www.instagram.com/oeuf.feria/  

    【終了】甲府市のウフ フェリア店さまで、a good view のポップアップイベントが開催中

    甲府市郊外に佇む雑貨店 「ウフ フェリア店」さまで、a good view のポップアップイベントが開催中です。 店名の「oeuf(ウフ)」はフランス語で“卵”。雑貨を卵にたとえ、「お客様とともに温め、育てていきたい」という想いが込められています。 店内には、暮らしを心地よく彩るキッチン雑貨やインテリア小物、贈り物にぴったりのアイテムが並びます。ナチュラルで温かみのあるセレクトは、手に取るだけで気持ちをやわらげてくれるよう。 甲府の街中から少し足をのばせば、ゆったりとした時間の中で、日常に寄り添う“お気に入り”に出会えるお店です。     ウフ フェリア店店舗住所:  〒400-0046 山梨県甲府市下石田2丁目29−4 フェリアビル1F開催期間: 9/27(土)~  10/19(日)営業時間: 11:00~20:00https://www.instagram.com/oeuf.feria/  

  • 会議室にこそ、アートを飾ろう

    会議室にこそ、アートを飾ろう

    会議室(ミーティングルーム)は、どうしても少し緊張感の漂う空間です。重要なプレゼンテーション、取引先との打ち合わせ、時には社内の意見がぶつかる議論の場にもなります。空間としては機能的で整っていても、気持ちが“構える”場になりがちです。 そんな会議室に、思わず口元がゆるむようなアートがあったらどうでしょう。視線が自然とそちらに向かい、ふっと緊張がほどける。そんな「気を抜ける」瞬間があることで、空気がやわらぎ、会話のテンポが軽やかになるのではないでしょうか。   スタイリッシュな空間にも、ちょっとした“遊び心”を 近年のオフィスは洗練されたインテリアが多く、会議室もシンプルでモダンな印象に仕上げられていることが少なくありません。そういった空間こそ、アートがよく映えます。 たとえば、無機質になりがちな会議室に、にやっと笑みがこぼれるようなユーモラスな動物のアートをひとつ。あるいは、静かな風景ややわらかい抽象画で、視覚的な“抜け”をつくってみる。そうした仕掛けが、思考を切り替えたり、和やかなコミュニケーションを促したりするのです。   目的に合わせてアートの役割を選ぶ 動物をモチーフにしたアートといっても、その印象はさまざまです。ユーモアのある表情やポーズの作品は、会議の緊張をやわらげ、空気を和ませる効果があります。 また、部署や会議の目的によって、飾るアートのテイストを変えることで、より効果的な空間演出が可能になります。 ・営業部門には、動きや開放感のある動物や風景のアート。活発な議論や前向きな提案が生まれやすくなります。 ・クリエイティブ部門では、色彩豊かな抽象画や幻想的な構図など、自由な発想を刺激するものがおすすめ。 ・経理・管理部門には、緑豊かな自然風景や静かな静物画など、落ち着きと集中を促すアートが適しています。 このように、アートは単なる装飾ではなく、空間と人の関係性に作用する“道具”としても機能します。   生産性と快適性に影響する“美的環境” アートを含む「美的な空間」が仕事にポジティブな影響を与えることは、いくつかの研究でも明らかになっています。 たとえば、英国エクセター大学のCraig Knight博士らの研究(2010)では、従業員がアートや植物の配置に関与したオフィス空間で働く場合、何も装飾のない“殺風景な空間”と比べて生産性が最大32%高くなったという結果が示されています。※1 また、2014年カーディフ大学を含む国際チームによる実際のオフィスを使った研究では、実際のオフィスに「生きた観葉植物」を導入するだけで生産性が15%向上し、集中や満足度、知覚される空気質も改善したと報告されています。※2 さらに、BCA(Business Committee for the Arts)× APAAが全米32社・800人超を対象とした調査では、オフィスにアートがあることで「ストレスが軽減された」と答えた人が78%、「創造性が高まった」と答えた人が64%にものぼりました。※3 “余白のある空間”が人を動かす 無機質で緊張感のある会議室(ミーティングルーム)に、ちょっとしたやわらかさやユーモアのあるアートを。それだけで、空間の温度は変わります。会話に笑顔が生まれたり、沈黙が和らいだり。ときには、新しいアイデアのきっかけになるかもしれません。 空間にアートを飾ることは、単なる装飾ではなく、心のリズムを整える“しくみ”をつくることでもあります。部署や目的に応じたアート選びを取り入れて、会議という場を、もっと自由でポジティブな空間にできるはずです。 まずは小さな一枚から試してみませんか。...

    会議室にこそ、アートを飾ろう

    会議室(ミーティングルーム)は、どうしても少し緊張感の漂う空間です。重要なプレゼンテーション、取引先との打ち合わせ、時には社内の意見がぶつかる議論の場にもなります。空間としては機能的で整っていても、気持ちが“構える”場になりがちです。 そんな会議室に、思わず口元がゆるむようなアートがあったらどうでしょう。視線が自然とそちらに向かい、ふっと緊張がほどける。そんな「気を抜ける」瞬間があることで、空気がやわらぎ、会話のテンポが軽やかになるのではないでしょうか。   スタイリッシュな空間にも、ちょっとした“遊び心”を 近年のオフィスは洗練されたインテリアが多く、会議室もシンプルでモダンな印象に仕上げられていることが少なくありません。そういった空間こそ、アートがよく映えます。 たとえば、無機質になりがちな会議室に、にやっと笑みがこぼれるようなユーモラスな動物のアートをひとつ。あるいは、静かな風景ややわらかい抽象画で、視覚的な“抜け”をつくってみる。そうした仕掛けが、思考を切り替えたり、和やかなコミュニケーションを促したりするのです。   目的に合わせてアートの役割を選ぶ 動物をモチーフにしたアートといっても、その印象はさまざまです。ユーモアのある表情やポーズの作品は、会議の緊張をやわらげ、空気を和ませる効果があります。 また、部署や会議の目的によって、飾るアートのテイストを変えることで、より効果的な空間演出が可能になります。 ・営業部門には、動きや開放感のある動物や風景のアート。活発な議論や前向きな提案が生まれやすくなります。 ・クリエイティブ部門では、色彩豊かな抽象画や幻想的な構図など、自由な発想を刺激するものがおすすめ。 ・経理・管理部門には、緑豊かな自然風景や静かな静物画など、落ち着きと集中を促すアートが適しています。 このように、アートは単なる装飾ではなく、空間と人の関係性に作用する“道具”としても機能します。   生産性と快適性に影響する“美的環境” アートを含む「美的な空間」が仕事にポジティブな影響を与えることは、いくつかの研究でも明らかになっています。 たとえば、英国エクセター大学のCraig Knight博士らの研究(2010)では、従業員がアートや植物の配置に関与したオフィス空間で働く場合、何も装飾のない“殺風景な空間”と比べて生産性が最大32%高くなったという結果が示されています。※1 また、2014年カーディフ大学を含む国際チームによる実際のオフィスを使った研究では、実際のオフィスに「生きた観葉植物」を導入するだけで生産性が15%向上し、集中や満足度、知覚される空気質も改善したと報告されています。※2 さらに、BCA(Business Committee for the Arts)× APAAが全米32社・800人超を対象とした調査では、オフィスにアートがあることで「ストレスが軽減された」と答えた人が78%、「創造性が高まった」と答えた人が64%にものぼりました。※3 “余白のある空間”が人を動かす 無機質で緊張感のある会議室(ミーティングルーム)に、ちょっとしたやわらかさやユーモアのあるアートを。それだけで、空間の温度は変わります。会話に笑顔が生まれたり、沈黙が和らいだり。ときには、新しいアイデアのきっかけになるかもしれません。 空間にアートを飾ることは、単なる装飾ではなく、心のリズムを整える“しくみ”をつくることでもあります。部署や目的に応じたアート選びを取り入れて、会議という場を、もっと自由でポジティブな空間にできるはずです。 まずは小さな一枚から試してみませんか。...

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