抽象風景画の定義とその魅力

抽象風景画の定義とその魅力

画像は谷口正直さんの作品

 

風景を描くといっても、そこにある山や海をそのまま写すとは限りません。
光や空気の気配、心に浮かぶ情景――そうした「感じる風景」をあらわした作品があります。
形をおさえ、色やリズムで空間を感じさせるその表現は「抽象風景画」と呼ばれ、目に見えないものを描こうとするこの絵画の世界には、静けさの中に見る人の思考を深めるような奥行きが感じられます。

 

1. 抽象風景画とは何か

「抽象風景画」という言葉には、明確な定義がありません。
風景をもとに形や色を簡略化した作品もあれば、特定の場所を描いていないのに「空」や「地平」の気配を感じさせる抽象作品もあります。
つまり、風景画を抽象的に描いたものと、抽象画に風景を感じ取れるものの両方を含む広い領域です。

例えば、印象派のクロード・モネ※が晩年に描いた《睡蓮》は、もはや池や樹木の形が判別できないほどに抽象化されています。
それでも作品からは光や空気、時間の流れが伝わり、私たちはそこに“風景”を感じます。
一方でマーク・ロスコ※の色面抽象は、作者本人が「感情を描いている」と語っていますが、観る人によっては空や地平のような奥行きを感じることがあります。

このように抽象風景画は、出発点がどちらであっても、見る人の感覚の中に風景が立ち上がる表現と言えるでしょう。

 

貴真さんの作品

 

2. 風景画と抽象画のあいだ

風景画は本来、目に見える自然や街並みを描くものです。
しかし19世紀後半、印象派の登場とともに、画家たちは「見たまま」よりも「感じたまま」を描く方向へと進みます。
写真の普及もあり、絵画は再現よりも感覚や印象の表現に価値を見出すようになりました。

その延長にあるのが、20世紀以降の抽象表現です。
ウィリアム・ターナー※の後期作品は光と色を重ねることで風景を構成し、モネは水面と空の境界を溶かしながら自然の気配を描きました。
そして20世紀半ばには、ロスコやアグネス・マーティンのように、形や色のリズムで風景を感じさせる作家も現れます。
抽象風景画とは、こうした流れのなかで生まれた「風景と抽象のあいだ」に立つ表現なのです。

 

3. 抽象と具象の“割合”

抽象風景画には明確な線引きがありませんが、感覚的には次のように整理できます。

・具象寄り>山や海など対象がわかる    

・中間>空気・光・地平の気配がある

・抽象寄り>色や構成だけで感情を表す

この“中間”にある作品こそが、抽象風景画と呼ばれることが多く、何が描かれているかよりも、どんな空間を感じるかが鑑賞のポイントになります。

 

大川菜々子さんの作品(具象寄り)

 

ハシモトヒロコさんの作品(こちらも具象寄り)

 

4. 抽象静物画・抽象動物画・抽象植物画という表現

抽象風景画と同じように、身近なモチーフを抽象的に描いた作品にはさまざまなかたちがあります。
たとえば「静物」「動物」「植物」なども、現実の姿をそのまま描くのではなく、形や色、リズムを通して本質を表そうとする試みが多く見られます。

・抽象静物画

花瓶や果物、器などをモチーフにしながら形を分解・再構成して描くパブロ・ピカソ※のキュビスムは、対象の形そのものよりも構造の美しさを追求した例です。

・抽象動物画

動物を線や色で“生命のリズム”として描いたパウル・クレー※。

・抽象植物画

花の一部を拡大して生命の内側に潜む力を描いたジョージア・オキーフ※など、いずれも“感じたまま”を形にした抽象表現の代表です。

これらに共通しているのは、対象を“見たまま”ではなく“感じたまま”に描く姿勢です。
つまり、風景・静物・動物・植物というカテゴリーの違いよりも、「具象を超えて本質を表す」という意識のほうが重要であり、それこそが抽象表現に共通する核となっています。

 

5. 抽象風景画の魅力

抽象風景画の魅力は、見る人によって意味が変わる自由さにあります。
具体的な対象がないからこそ、鑑賞者は自分の記憶や感情を重ねることができます。
ある人には夕暮れの海、別の人には霧の山、また別の人には“心の中の静けさ”として映るかもしれません。

色の重なりや構図の広がりには、心理的に落ち着きをもたらす効果があるといわれますが、好みや感じ方には個人差があり、必ずしも万人が同じ印象を受けるわけではありません。それでも、抽象風景画が持つ“曖昧な余地”が、見る人に想像の余白を与えるのは確かです。

 

6. インテリアとしての魅力

抽象風景画は、インテリアにもよくなじみます。
自然の気配を感じさせつつ主張が強すぎないため、ナチュラル、モダン、ミニマルなど、さまざまなスタイルに合わせやすいのが特徴です。
風景的な奥行きや光の表現があるため、小さめの作品でも空間に広がりを生み出してくれるでしょう。

 

7. まとめ──“感じる風景”としての絵画

抽象風景画は、見える風景を描くものではなく、心の中で感じる風景を描く絵画です。
作家にとっては記憶や感情の表現であり、観る人にとっては自分自身の風景を思い出すきっかけになります。
定義を厳密にするよりも、「なぜこの絵に惹かれるのか」「どんな空気を感じるのか」を意識してみることで、その魅力はぐっと深まります。

 

 

参考リンク

クロード・モネ(Claude Monet)
印象派を代表するフランスの画家。光の移ろいを捉えた《睡蓮》シリーズでは、風景を極限まで抽象化し、色と空気の響き合いを描いた。
Wikipedia

マーク・ロスコ(Mark Rothko)
アメリカの画家。色面を重ねた静謐な構成で、人の内面に働きかけるような感情の空間を表現した「色面抽象」の代表的存在。
Wikipedia

ウィリアム・ターナー(J. M. W. Turner)
19世紀イギリスの風景画家。光と色を主題とした後期作品は、自然を超えた精神的風景として、後の抽象表現へ影響を与えた。
Wikipedia

パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)
20世紀美術を象徴するスペイン出身の画家。キュビスムを通して形を分解・再構成し、静物や人物を新たな視点で描いた。
Wikipedia

パウル・クレー(Paul Klee)
スイス出身の画家。線や記号、色のリズムで音楽的な世界を描き出し、動物や植物のモチーフにも抽象的な生命感を与えた。
Wikipedia

ジョージア・オキーフ(Georgia O’Keeffe)
アメリカ近代美術の先駆者。花や風景を大胆にクローズアップし、自然の形態の中に潜むエネルギーと静けさを描いた。
Wikipedia

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