アートポスターの土台を選ぶ――ヴァンヌーボという答え

アートポスターの土台を選ぶ――ヴァンヌーボという答え

新作の校正が届くと、光を当てながら発色や紙肌の見え方を確かめます。
制作の初期には、朝のやわらかな光、昼の直射、夜の照明――時間帯を変えながら、同じ絵柄をいくつもの紙で見比べたこともありました。指先に残るわずかな“ひっかかり”、黒の沈み、白の抜け、照り返しの具合。その積み重ねのなかで、私たちは ヴァンヌーボ V-FS の最厚紙に惚れ込み、以来すべてのポスターにこの紙を使っています。

 

ヴァンヌーボという紙の来歴

ヴァンヌーボは1994年に誕生した高級印刷用紙の代表格。「印刷適性」と「紙の風合い」という相反する要素を、デザイナー/建築家・矢萩喜從郎氏の監修で両立させた“ラフ・グロス”という発想から生まれました。紙の内部に空気を多く含むため、厚みのわりに軽い――いわゆる“嵩高(かさだか)”も特徴です。発売当初から、アートや写真の世界で高い支持を得てきました。

製造は ダイオーペーパープロダクツ(大王製紙グループ)。一方で、ファインペーパーの分野で広く知られる 竹尾 が販売を担っているため、業界では「竹尾の紙」として認識されることも多い用紙です。シリーズの中核である V-FS は、書籍やポスター、カタログ、カレンダーなどに幅広く用いられ、FSC®森林認証にも対応しています。ネーミングはフランス語の VENT NOUVEAU(新しい風)に由来します。

2019年には、環境対応を強める目的からシリーズの「V」がFSC認証へ完全移行。その際、銘柄名も「V」から「V-FS」へ一本化されました。

 

V-FSの“性格”をひと言で

印刷面はニュアンスのある微光沢、未印刷部は落ち着いたマット。
コート紙ほどテカらず、非塗工紙ほど沈まない――発色と質感のいいとこ取り。黒が締まり、階調が自然に出るため、筆致やにじみ、余白の空気までも穏やかに伝わります。壁に掛けたときの“たたずまい”をつくるコシと嵩も、ポスターに適しています。

 

どこで使われてきたか(事例)

ヴァンヌーボは、「印刷物そのものを作品に近づける」目的で多く使われてきました。
たとえば誕生20周年の記念展 「ヴァンヌーボ×15人の写真家」。荒木経惟、森山大道、川内倫子ら15名の作品を、紙の特性を活かして追求した展示は、ヴァンヌーボの“媒体力”を示す好例です。

実制作の現場でも、会社案内やカタログ、写真集・作品冊子など“見せる”印刷物に数多く採用されています(例:新晃社の会社案内でVG系を使用)。メーカー公式でも 書籍/ポスター/カタログ/カレンダー への使用が明記されています。

 

私たちがV-FSを選んだ理由

試したのは、アラベール、ミセスB-F、モンテシオン、そしてヴァンヌーボ各タイプ。
最厚のV-FSに決めたのは、次の三つの理由からです。

・色が冴えるのに照り返しが穏やか――光環境が変わっても作品が落ち着いて見える。

・黒の締まりと白場の抜け――陰影や余白の呼吸を邪魔しない。

・嵩とコシ――フレームに入れても紙が負けず、ポスターとしての存在感がある。

こうして、日常の空間に“しずかに、けれど確かに”佇む仕上がりになりました。

 

他の人気紙との“適材適所”比較

同じく人気の高いファインペーパーと比べると、それぞれに適した場面が見えてきます。

アラベール
非塗工の繊細なマット。やわらかな手触りでナチュラルなトーン。水彩やドローイング、北欧テイストの冊子に好相性。発色は落ち着き寄り。

ミセスB-F
しなやかな腰と緻密な肌。本文用にも使いやすく、グラデーション再現性に強み。よりフラットで整った肌合いが欲しいときに。

モンテシオン
ざらっとした素朴な肌と生成り寄りの白。詩集や同人誌、絵画的な冊子に向く。発色は控えめで味わい重視。

ヴァンヌーボ V-FS
発色と風合いのバランス型。写真・現代アート・グラフィックの複製に適し、ポスターでも照り返しを抑えつつ鮮明さを保つ。

まとめると――
「風合いを最優先」ならアラベール、「整った本文」ならミセスB-F、「味わいの本文」ならモンテシオン、そして「作品再現と佇まいの両立」ならV-FS。
飾る前提のアートポスターでは、最後の一択が私たちの答えでした。

 

デメリットもきちんと

良い紙ほど、トレードオフもあります。

・一般的なコート紙より高価。部数やサイズに影響することがある。

・光沢表現には不向き。鏡面のようなツヤを狙うデザインには合わない。

それでも、長く飾られるアートの“見え方”と“触れ心地”を優先すれば、V-FSの利点が上回る――これが私たちの実感です。

 

終わりに

印刷所から届いた束を手に取るたび、紙は“脇役”ではないと感じます。
作品の色を支え、余白に静けさをつくり、フレームの中で一歩引きながらも確かな存在感を放つ。

ヴァンヌーボ V-FS は、その役割を誠実に果たす紙でした。いくつもの紙で校正を重ね、たどり着いた“土台の美学”。毎日の視界に溶け込みながら、ふとした瞬間に作品の魅力をもう一段引き出してくれる。そのささやかな仕事ぶりに、いまも惚れ続けています。

 

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