梅崎さんの作品を見ていると、自然を描いていながら、どこか説明を控えているような印象を受けます。
画面は整理され、色や形も必要以上に語りません。そのため、見る側は立ち止まり、ゆっくりと作品と向き合うことになります。
絵との出会い
梅崎健さんが絵を描くことに親しむようになったのは、小学生の頃だそうです。近所の画家に習いながら、スケッチに連れて行ってもらったことがきっかけでした。外で描いているうちに時間を忘れ、気づけば夕方になっていた。その経験を通して、絵を描くことが少しずつ身近なものになっていったとのことです。
武蔵野美術大学へ進学後、在学中にはストックホルムや京都の工芸学校で講習を受講されています。素材への向き合い方や、表現を組み立てる視点について、多くの刺激を受けたと振り返られています。
異なる土地や文化の中で学んだ経験は、当時は強く意識していなかったものの、後に振り返ると、現在の制作の土台のひとつになっているように感じられます。
デザインの現場から、制作へ
大学院修了後は企業に入社し、企画部門で主に欧米向けのデザインを担当されました。海外を訪れる機会も多く、仕事を通して数多くのアートに触れる時間を重ねていきます。
クラフト、デザイン、アート。それぞれの分野で得た経験は、すぐに作品として表に現れるものではありませんでしたが、制作に向き合う姿勢や感覚の背景として、少しずつ積み重なっていったように受け取れます。退職後は武蔵野美術大学の客員教授を務め、現在はアート制作を中心に活動されています。
作家として活動を続ける中で、大きな転機となったのが個展やオンラインギャラリーでの経験でした。作品を前にした人から直接感想をもらえたこと、オンラインを通じて作品を迎え入れてくれた方々から前向きな言葉が届いたこと。
絵を通して、それまで接点のなかった幅広い人たちとの交流が生まれたことが、制作を続けていく上での確かな手応えにつながっているようです。
自然をテーマにした表現
梅崎さんの作品には、一貫して自然の情景が描かれています。
花の生命力や美しさ、繊細さ。風や波、光、大地の広がり。そうしたモチーフを、そのまま写し取るのではなく、自分なりの解釈を通して画面に落とし込んでいく姿勢がうかがえます。
具象と抽象のあいだを行き来する柔軟さも、作品の大きな特徴のひとつ。花や森、水平線といった形は感じ取れる一方で、細部を描き込みすぎることはありません。形は簡略化され、色や面の重なりによって情景が組み立てられていきます。
構図は一見するととてもシンプルですが、単調な印象は受けません。
色のグラデーションやテクスチャーのわずかな違いが画面に奥行きを生み、視線は自然と留まります。近くで見るほど、筆致や滲み、色の重なりが静かに効いていることに気づかされるのです。
明るい色調を用いながらも、落ち着いた空気が保たれている点も印象的です。大胆さと緻密さ、その対比が画面の中で程よく共存しているように感じることができます。
制作の姿勢と日常
制作は自宅で行い、午前中は集中して描き、午後は作業的な工程に充てることが多いとのこと。
道具はさまざまな筆に加え、自分で工夫して制作したオリジナルのものも使われています。
描き損じたと感じる部分があっても、それを失敗とは捉えないようにしているそうです。後から振り返ったとき、制作の財産になっていることがあるからだといいます。新しいモチーフや技法に挑戦し続ける姿勢も、そうした考え方に支えられているように感じました。
アイデアが生まれるのは、特別な瞬間というよりも、ふとした場面だそうです。
試作中に、海の水平線を眺めているとき、山や地平線の重なりを見たとき、花々の色に目を留めたとき。自然の中にあるわずかな変化が、制作へとつながっていきます。
積み重ねてきた歩み
長年にわたる制作の中で、いくつかの評価も重ねてこられました。
2005年にはエプソンカラーイメージングコンテストで佐藤卓賞を受賞。2017年にはタグボートアワードで審査員特別賞を受け、2018年には三井化学の新素材「NAGORI」を活用したデザインコンペで優秀賞を獲得されています。
さらに2020年にはMIMARUツーリズムコンペティションのアート部門で優秀賞、2025年には東京建物「Brillia Art Award Wall 2025」を受賞されました。
こうした受賞も、日々制作を続けてきた延長線上にあるものとして受け止められているようです。
現在、そしてこれから
現在は、花々や光跡、大地の情景、地平線や水平線といったテーマを中心に取り組まれています。これまで描いてきた自然のモチーフを起点にしながら、新しい技法や表現にも少しずつ挑戦が続いています。
梅崎さんが作品を通して伝えたいのは、特別なメッセージではありません。
日々の暮らしの中で、やすらいだり、少し気持ちが明るくなったりする。そんな時間を、絵がそっと支える存在であってほしいと考えている、とおっしゃっていました。

梅崎さんのアトリエ