岡さんの仕事スペース
「点と線模様製作所」という名前は、どこか研究機関めいた響きを持っています。実際には、北海道生まれのテキスタイルデザイナー・岡理恵子が一人で運営するブランド。2008年のスタート以来、模様を作ることを軸にブランドを育て、2012年からは図案集などの著作本を不定期に刊行しています。
「点」と「線」に込めたもの
ブランド名の由来を聞くと、岡さんらしい正直さが返ってきます。活動をはじめた頃、花や動物を描くことがとても苦手だったと言います。「点と線を使えば、きっと何でも描ける」——そう自分に言い聞かせるようなエールを、そのまま名前にしました。漢字を選んだのも理由があります。ひらがなだとやわらかすぎる。「漢字くらいの強さがないと続けられない」という感覚がありました。模様づくりを自分の基盤に据えるという姿勢を、名前そのものに刻んでおきたかったのだと思います。
模様に向かうまで
大学では空間設計を専攻していた岡さんですが、3年生の頃に行き詰まりを感じて休学しています。「芸術」という言葉に引っ張られ、何か難しそうなもの、おしゃれな感じのものを作らなければという漠然とした思い込みが、手も思考も止めていました。
復学を前に、テーブルクロスやクッションで空間を変えたい、そのための模様(生地)を作りたいと先生に相談します。返ってきたのはウィリアム・モリスの名前と、「布よりも壁紙の模様を研究した方が模様の基礎を学べる」という助言でした。一度貼ったらしばらく替えられない壁紙だからこそ、長く見ていても飽きない模様の意味を深く考えられる、という理由でした。「先生の言葉が、止まっていた私の思考の霧を晴らしてくれました」と岡さんは語っています。壁紙作りを通じて、美しい模様には意味や背景があり、使う人の心をさまざまな気持ちにできるということを学んだそうです。
その後、大学院では「模様の存在意義」を問われる2年間を過ごします。千利休の茶室の壁を参照したり、「人は真っ白じゃ生きられない」という結論を理屈として積み上げていきました。視覚心理学も参考にしたといいます。感覚で作ったことはない、意味を考えて作ることが自分らしさになっている、と今も語っています。
心が動くと、模様になる
「何かを見たり、いいなって思う瞬間がないと、モノづくりにつながりません」——岡さんの制作は、感情の動きから始まります。
目の前の風景を写真に撮ることはしません。心が動いた記憶を、まず言葉に変換します。「縦に細長いススキの穂」「もくもくした雲」。言葉にすることで、事実のコピーではなく模様の核だけが残り、頭の中でイメージがふくらんでからアイデアスケッチに入ります。
当店で取り扱う「BIRD GARDEN」も、夜の森の方から鳥の声が聴こえてきたことがきっかけでした。実や葉っぱは、すべて想像の中で描き加えたものです。「キツネの小道」はキタキツネの足跡を見つけたことから生まれました。目で見た事実を出発点にしながら、そこに記憶と感情を重ねて模様を育てていく。「貝殻を集めた記憶がうれしい」「切手をたくさん貼った荷物を送ってくれた人は、その光景を私に見せたかったのかもしれない——そう考えると嬉しくなって、模様につながるんです」という言葉が、そのプロセスをよく表しています。物よりも、物にまつわる記憶や感情が、岡さんの模様の種になっています。
誰かの生活の素材になるために
画材は固定しません。素朴さと力強さを出したいときはクレヨン、透明感が欲しいときは水彩、輪郭をくっきりさせたいときは切り絵。描きたい模様の性質が画材を選びます。オリジナルの模様は年に1〜2点を目標にしていて、「模様の種類が増えることが大事。お客さまの選択肢が増えるから」と語っています。
「1枚絵のような作品的なものではなく、リピートして量産できるものを熱望した」という言葉が、岡さんの一貫した姿勢を示しています。家の中は人工的な空間だからこそ、そこに外のものを持ち込む感覚で模様をつくりたい。誰かの暮らしの素材になってはじめて、模様は役割を果たす——そういう考え方が、点と線模様製作所の根底にあります。
わたしがはじめて岡さんと出会ったのは2012年のことです。 あれから10年以上が経ちますが、岡さんの模様に対する姿勢は、当時から少しも揺らいでいません。

岡さん愛用の画材