画像は京都の詩仙堂
社名の話から始めさせてください。
弊社の創業時の社名は WASAVY(ワサビー)でした。由来はもちろん「詫び寂び」です。ところが電話をするたびに、当時から勢いのあったサザビーさんと間違えられることが多くて、「ワとサなのに、何で?」と思いながらもややこしいので社名変更にいたりました。
でも、あの名前、気に入ってたんですよね。
そのくらい、「詫び寂び」という言葉はわたしにとって身近なものです。アートポスターを扱うようになってからも、ずっとどこかで意識している感覚です。今回はそのことを少し書いてみようと思います。
「侘び寂び」って、結局なんだろう
うまく言葉にしにくい概念ですが、新品の器を想像するとわかりやすいかもしれません。
つるんとして綺麗な新品も良いのですが、毎日使って少し艶が出てきたり、釉薬(陶磁器の表面をコーティングするガラス質の薄い膜)にムラが見えてきたり、細かな傷が増えてきたりすると、「あ、いい顔になってきたな」と思うことがあります。あれに近いです。
「侘び(wabi)」は、派手に足していくより静かに削っていく、豪華さより控えめ、という方向の美意識です。「寂び(sabi)」は、金属の錆びのように時間が表面に残していくもの——使い込まれて出てくる古艶や落ち着いた色を「いい」と感じる見方です。
この二つが合わさって「侘び寂び」になります。
英語圏の辞書でも wabi-sabi は「簡素」「不完全」「自然」「控えめ」といった方向で説明されていて、いわば"ものの見方"として理解されています。スタンフォード大学が公開しているオンライン哲学事典(SEP)では、wabi を「簡素で峻厳な美(Simple, Austere Beauty)」、sabi を「素朴な古艶、時がつくる風合い(Rustic Patina)」と整理しています。
少し補足すると、「侘び」「寂び」には意味の層が三つあります。ひとつは単語としての意味(わびしい・さびしい、という気持ちや状態)。ひとつは美意識としての意味(控えめで簡素、古びた味わいを"いい"と感じる見方)。そしてもうひとつは、暮らしや表現の型(茶室の設え、器の選び方、花の生け方など、日常の中でその美意識が形として現れたもの)。SEPが語っているのは主に二つ目の、美意識としての層です。
日本発祥のもの? 海外ではどう見られてる?
「わび」は『万葉集』に登場しますし、平安期の『古今和歌集』、『枕草子』にも顔を出します。「さび」も「さびしさ」として和歌に現れていて、まずは"寂しさ"の語感で使われていた言葉です。つまり「侘び寂び」は、日本語の中で長い時間をかけて育まれてきた、日本発祥の美意識と言えます。
一方で "wabi-sabi" はそのまま英語でも通じる言葉になっていて、Cambridge や OED といった英語圏の辞書の見出し語にも載っています。海外では特にインテリアやデザインの世界で「完璧主義から少し降りる」「経年変化を隠さない」という意味合いで語られることが多いようです。
内閣府の外国人意識調査では、日本の魅力として「日本独自の精神性(禅・武士道・わびさび等)」が挙げられていることも確認できます。訪日外客数が増えている流れも重なって、日本文化への関心の母数自体が広がっているのは確かそうです。
侘び寂びを感じるアートって?
ポイントは「題材」より「たたずまい」だと思います。
余白が視線を落ち着かせる。きれいに整いすぎない線が、手の温度として残っている。色が派手に語らず、見ている側の時間がゆるむ。素材の地肌やムラを隠さずちゃんと見せる。
要するに、見た瞬間に「うおー!」じゃなくて、気づくと長く見てしまう感じです。
もちろん感じ方には個人差があります。これはあくまでわたしの解釈ですが、侘び寂びを感じるかどうかは、作品が何を描いているかより、どんな時間の流れを持っているかに関係しているような気がします。
【出典】(リンク)
Cambridge Dictionary “wabi-sabi”
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/wabi-sabi
Stanford Encyclopedia of Philosophy “Japanese Aesthetics”
https://plato.stanford.edu/entries/japanese-aesthetics/
Oxford English Dictionary “wabi-sabi”
https://www.oed.com/dictionary/wabi-sabi_adj
万葉集(奈良県 万葉集百歌 データベース)歌644
https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detail?cls=db_manyo&pkey=644
国文学研究資料館(NIJL)古今和歌集(成立時期の説明を含む)
https://www.nijl.ac.jp/etenji/bungakushi/contents/detail/detail02-02_003.html
古今和歌集(「さびしさ」例)
https://manapedia.jp/text/2133
枕草子(「わびしく」例)
https://manapedia.jp/text/3524
内閣府「クールジャパンの再生産のための外国人意識調査」PDF
https://www.cao.go.jp/cool_japan/report/pdf/vision_1.pdf
JNTO 報道発表(訪日外客数の公表)
https://www.jnto.go.jp/news/press/20250115_monthly.html