スタンダードトレード 横浜山手ショップの外観
「当たり前を、当たり前にやり切る」
株式会社スタンダードトレードの代表 渡邊謙一郎さんを一言で表すなら、この言葉が最も近いかもしれません。ただし、その「当たり前」の基準が、相当高い。
ナラ材と伝統的な指物技術を軸に家具と空間をつくり、歴史的な家具の修理・修復・復元にも向き合い、言葉でも伝える。多岐にわたる活動の底に、一本の太い芯が通っています。
線が少ないのに、空気が残る
a good view にご提供いただいた4点の手描き作品は、家具の「かたち」以上のものを伝えています。椅子の脚の接地、床のライン、余白の取り方。説明的な線は少ないのに、見ている側に「ここに座る」「ここを通る」という感覚が自然と浮かんでくる。
おそらくこれは、絵の巧さというより、現場の見方から来るものです。寸法、納まり、手触り、道具の動線——作る前に考え抜く人の目線が、そのまま線になっている。これらはすべて渡邊さん自身が設計したものの手描きとのことで、絵が「設計の延長」に見えるのも、そう考えると自然なことです。
定番は、逃げない設計
STANDARD TRADE.は1998年設立。日本の伝統的な指物技術を用い、シンプルで長く使える家具と空間を手がけること、そして「良質な家具を一般住宅に」という姿勢を一貫して掲げています。
「定番」というと、守りの姿勢に見えることがあります。けれど渡邊さんの定番は、守るためでなく、責任を持つためにあるように思えます。長く使われ、直され、また使われる。そこまでを前提として初めて、設計は本当の意味で「逃げない」ものになる。
直す経験が、作る精度を上げる
渡邊さんは、フランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテルや自由学園明日館の家具修復、小泉八雲が愛用した机と椅子の復元など、歴史的に重要な家具の修理・修復・復元にも携わっています。
修復や復元の仕事は、当時の合理性、素材のクセ、壊れ方の理由まで含めて学ぶことになります。作る側の想像力が「時間」まで広がる経験です。渡邊さんの作品や絵が余白の中に時間を感じさせるのは、そうした経験と無縁ではないでしょう。
こうした姿勢は、プライベートにも顔を出します。渡邊さんはボルボ240エステートや初代レンジローバーといった旧車を、手をかけながら大切に乗り続けています。壊れたから新しいものに替えるのではなく、時間をかけて関係を深めていく。家具への向き合い方と、どこか重なりますね。

渡邊さんの愛車 VOLVO240 エステート
語れる職人は、技術を未来に渡せる
渡邊さんはYouTube番組「家具とか建築とか」に出演されたり、神奈川大学建築学部の非常勤講師として教育にも携わっていますが、その講義の質は客観的な評価としても示されています。優れた講義を行った教員を表彰する賞が創設され、約8,000講義の中から選ばれた12講義のひとつとして、見事受賞されました。作れるだけでなく、語れる。その力が、こうした形で認められているのです。
企業へのアドバイザリーも行うなど、現場の外へも積極的に関わっています。作れるだけでは、技術は属人化しがちです。語れる人は、共有できる。現場の人間が自分の仕事を言語化できることは、技術を未来へ渡すうえで、想像以上に大きな力を持ちます。
一か月の連続休暇が、組織を強くする
STANDARD TRADE.には、年に一度、一か月間の連続休暇という制度があります。海外旅行に出かける人、まったく異なる分野のアルバイトをしてみる人。使い方はそれぞれですが、リフレッシュや学び直しのための時間として、スタッフ一人ひとりが自分なりに活用されているそうです。
長く働き続けるために、いったん離れる時間をつくる。これも、物事を長持ちさせるという渡邊さんの哲学と、どこかつながっているように思えます。
現場まで浸透している基準
笑顔が素敵で話が上手く、人生を楽しむ達人でありながら、仕事には厳しい。私が知る限り、歴代のスタッフの方々も皆そういう方ばかりです。工場の隅々まで整理整頓が行き届き、妥協しない姿勢が製品にそのまま出ています。それはデザインの力だけではなく、基準が現場まで浸透しているからだと感じます。見える場所だけを整えることは難しくない。見えない現場まで整っている組織だけが、当たり前の品質を出し続けられます。
「当たり前のことを当たり前にやり続ける」。一見、普通のことのように聞こえますが、その水準が圧倒的に高いからこそ、実は最も希少なことのひとつなのかもしれません。

休日には長野でスキーのインストラクターも務める渡邊さん。よく働き、しっかり愉しむ。