ホテルとアート|客室やロビーを彩る作品の役割

ホテルとアート|客室やロビーを彩る作品の役割

タンジサトミさんの作品「COFFEE BLUE」


ホテルに泊まると、ロビーや廊下、客室の壁にアートが飾られていることがあります。

大きな絵画が一枚だけ掛けられている部屋もあれば、写真やグラフィックを何枚か組み合わせた部屋もあります。ホテルによって、その見せ方はさまざまです。

では、ホテルはなぜアートを飾るのでしょうか。

何もない壁を埋めるため。空間を華やかに見せるため。もちろん、そうした役割もあるでしょう。

けれども、ホテルのアートを見ていくと、それだけにとどまらない理由が見えてきます。

 

そのホテルが「どんな場所なのか」を伝える

ホテルのアートを見ていると、その土地との関係を大切にしているところが少なくありません。

たとえば、ハイアット セントリック 銀座 東京。

客室には、銀座を「MEDIA」「ENTERTAINMENT」「LANDSCAPE」「FASHION」という4つの視点から描いた高橋信雅さんの線画が使われています。原画をそのまま額に入れているのではなく、作品を客室の襖に転写するという方法です。

銀座という街の歴史や性格を、客室そのものに取り込んでいるのです。

ホテルインディゴ長崎グラバーストリートでも、客室のベッド背面には、長崎の山や港、異国船など、かつての街の風景を題材にしたグラフィックが使われています。家具や照明にも長崎の文化を読み解いたモチーフが取り入れられています。

ここではアートが、単に壁を飾るものではなく、

「ここは銀座にあるホテルです」

「ここは長崎にあるホテルです」

という、その場所の記憶や個性を伝える役割を担っています。

 

客室にあるのは、高価な原画だけではない

ホテルのアートというと、高価な原画を思い浮かべる方もいるかもしれません。

実際に客室を見ると、そうとは限りません。

ナッシュビルのThe Joseph, a Luxury Collection Hotelでは、客室やスイートに、ファインアート出版社Joseph Editionsによるプリントと、開発者であるピズーティ家の美術コレクションから選ばれた作品を組み合わせています。各客室には、テネシーにゆかりのある作家によるプリントが少なくとも一点置かれています。

ONE FUKUOKA HOTELでは、館内に現代美術家・舘鼻則孝さんによる80点近い絵画作品を展開しています。客室に飾られているのは、代表作をもとに活版印刷で制作した3種類の版画作品で、ホテルのある天神という土地の歴史や文化と結びつけた世界がつくられています。

フォーシーズンズ・ホテル・マドリードでは、マドリード、マラガ、セビリアの美術学校を対象にしたコンペで選ばれた新進作家の作品を、客室やスイート用に複製して使用しています。一方、特別なスイートやレストラン、パブリックスペースには、その場所のための作品を作家に依頼しています。

ここまで見てきた客室のアートには、版画もあれば、複製作品もあり、襖に転写されたグラフィックもあります。

いずれも、そのホテルのために選ばれ、あるいはつくられた作品です。そのうえで共通しているのは、「一点ものの原画であること」だけを基準にせず、複製という方法も取り入れていることです。

 

原画か複製か、という物差し

アートを選ぶとき、「原画か、複製か」は大きな分かれ目に見えます。

実際、両者は同じものではありません。一枚しか存在しない原画と、同じ図柄が複数刷られる複製とでは、希少性も、美術市場での扱われ方も異なります。

原画には、作家自身の手によって生まれた一点であること、絵具の質感や筆の動きがそのまま残っていることなど、複製では置き換えられない価値があります。ホテルが作家に依頼し、その空間のためだけに描かれた作品も、一般に流通する複製とは性格が違います。

それでも、ここまで見てきたホテルの選び方からわかるのは、「原画かどうか」が唯一の基準にはなっていない、ということです。

ホテルの客室では、アートだけが単独で存在しているわけではありません。

壁の色があり、ベッドがあり、椅子や照明があり、その中に一枚の絵があります。

どんな作品を選ぶのか。
どのくらいの大きさにするのか。
どんなフレームに入れるのか。
家具や壁の色とどう合わせるのか。

それらが組み合わさって、ひとつの空間になります。

原画か複製かという物差しだけでは、その空間のよしあしは測りきれません。

 

問われるのは、値段ではなく選び方

価格の高い作品を一枚掛ければ、それだけでよい客室になるわけではありません。

THE AOYAMA GRAND HOTELでは、1980年代の青山文化を意識したインテリアに合わせて、アルフレックスが1977年に発売した椅子「NT」の、当時のポスターを廊下に展示しています。

ここでのポスターは、絵画の代わりに置かれたものではありません。それ自体が、青山のある時代を伝える資料として、ホテルの世界観の一部になっています。

結局のところ、問われるのは値段ではなく、何を選び、どこに置くかです。

 

ホテルのアートに求められるもの

ホテルは、美術館のように作品だけを鑑賞する場所ではなく、眠ったり、食事をしたり、人と話したりする場所です。

そこでアートに求められるものも、作品そのものの価値だけではありません。

その土地らしさが感じられるか。
家具や建築と調和しているか。
ホテルの考え方が伝わるか。
そこで過ごした時間の印象に残るか。

ホテルで一枚の絵を目にしたとき、その価格や制作方法を知らなくても、部屋を心地よく感じることはあります。

逆に、どれほど高価な作品でも、部屋に合っていなければ、空間まで魅力的になるとは言えないでしょう。

ホテルがアートを飾る理由。

それは、高価な作品を所有していることを示すためだけではありません。

そのホテルが「どんな場所なのか」を、言葉を使わずに伝えるため。

これは、自宅の壁に一枚を選ぶときにも通じる視点かもしれません。アートポスターを扱う私たちにとっても、手がかりは同じです。その部屋がどんな場所で、そこでどんな時間を過ごしたいのか。

必要なのは、必ずしも高価な原画だけではなく、その場所にふさわしい一枚なのだと思います。

 

 

 

出典・参考資料

News & Column に戻る