画像は現代版の花鳥風月を感じさせる、谷口正直さんの作品
先日、「動物と植物の絵が、暮らしに馴染みやすい理由」というコラムを書いたときに、花鳥風月や雪月花という言葉に少し触れました。
ただ、自分でも何となくわかったつもりになっていたところがあったので、今回はあらためて、この二つの言葉について調べてみました。
花鳥風月とは、自然の美しさをあらわす言葉です。
花、鳥、風、月。どれも、昔から人の心を動かしてきた自然のものばかりです。
花のあざやかさ。
鳥の気配。
風の動き。
月の光。
こうして並べてみると、花鳥風月という言葉が、ただ自然を説明するだけでなく、その場の空気や季節の移ろいまで含んでいるように思えてきます。
今でも「花鳥風月を愛でる」という言い方がありますが、そこには、自然の美しさを楽しむ気持ちそのものが込められているようです。広辞苑でも、「自然の美しい風物」や「風雅な趣を楽しむこと」と説明されています。
一方、雪月花もまた、自然の美しさをあらわす言葉です。
雪、月、花という三つの言葉が並び、特に冬の雪、秋の月、春の花を指すものとされています。
花鳥風月と雪月花には、どちらにも「花」と「月」が入っています。
でも、受ける印象は少し違います。
花鳥風月には、鳥がいて、風が吹いています。
そこには動きがあり、景色が広がっていく感じがあります。
それに対して雪月花には、もう少しおだやかな美しさが感じられます。
雪の白さ、月の光、花の気配。
ひとつひとつの美しさを、ゆっくり味わうような言葉に思えます。
たとえば、花鳥風月は、外へひらけた風景に出会ったときの気持ちに近いかもしれません。
雪月花は、静かな庭や夜の景色を前にして、しみじみ見入るような感じに近い気がします。
どちらも自然の美しさをあらわす言葉ですが、花鳥風月には広がりがあり、雪月花には落ち着いた趣がある。
そんなふうに考えると、違いが少し見えやすくなります。
先日書いた「わびさび」のコラムとも、少し通じるところがあります。
ただ、花鳥風月や雪月花と、わびさびは同じではありません。
花鳥風月や雪月花が、自然の美しさを素直に味わう言葉だとすれば、わびさびは、もっと控えめなもの、簡素なもの、少し古びたものに心を向ける感覚に近いように思います。
たとえば、
満開の花、明るい月、四季の風景の美しさをそのまま味わう
= 花鳥風月・雪月花
散り際の花、曇った日の庭、使い込まれた器、静かな余白に心を寄せる
= わびさび
そんな違いとして捉えると、わかりやすいかもしれません。
もちろん、きっぱり分けられるものではなく、重なるところもあります。
花鳥風月と雪月花。
どちらも、自然の美しさに心を動かされる気持ちをあらわした、昔からある言葉です。
けれど、今読んでも古く感じないのは、自然そのものだけでなく、それを見たときの人の心まで含んでいるからかもしれません。
いつもの景色も、少し立ち止まって見てみると、これまでとは違って見えてくる。
そんな感覚を教えてくれる言葉のように思います。
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