News & Column

作家の深掘りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

作家の深掘りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

吉本さんが暮らす山梨県西桂町の景色   はじまりは「描くことが好き」から 吉本悠美さんの作品に触れると、まず「絵柄」より先に、手の動きが残した密度が届きます。線の勢い、擦れ、重なり。そこにあるのは説明のための輪郭ではなく、触れたくなる“質感の塊”です。暮らしの中でふと目に入ったとき、言葉にする前の気分が、静かに立ち上がってくる。その距離感が、吉本さんの表現の魅力だと感じます。  吉本さんは東京造形大学でテキスタイルデザインを学び、学士課程を2013年に卒業、修士課程を2015年に修了しています。現在はテキスタイルデザイナーとして自分のブランドと企業のプロダクト開発を両立し、大学で教える立場も担っています。ただ、肩書きが先に立つタイプの作り手ではありません。作品の芯にあるのは、もっと素朴な「描くことが好き」という原点です。小学生の頃からお絵描き教室に通うほど絵が好きで、本格的に制作として向き合い始めたのは美大入学後。先生や先輩、同級生、インターン先で受けた刺激が積み重なり、大学4年生頃には「いつか作家になれたら」と思うようになったそうです。   節目をつくった受賞と「KESHIKI」 活動の節目として外せないのが、2013年の「コッカプリントテキスタイル賞『inspiration』」審査員特別賞受賞です。大学院在籍中に受賞し、その後2016年にはKOKKAから「KESHIKI(けしき)」をリリース。コンセプトは「風景画を飾るように、生活を彩る布」でした。“風景の気持ち”を布に残すという発想は、今の作品にも通じています。目の前のものをそのまま写すのではなく、心が動いた瞬間の手触りを、別の形に置き換えて残す。その置き換えの精度が高いから、見る側も自分の記憶と重ね合わせやすいのだと思います。   山梨移住で、制作の時間が変わる もう一つの大きな転機が、拠点の移動です。2018年に東京から山梨県西桂町へ家族で移住。きっかけは、東京造形大学と西桂町・富士吉田市が連携して進めた「富士山テキスタイルプロジェクト」だったそうです環境が変わると、制作の時間の流れも変わります。吉本さんは制作前に頭の中でたくさんシミュレーションを重ね、縮こまらないために、なるべく大きい紙に描くこともあるとのこと。モットーは「やればなんとかなる、日々精進、鍛錬、体育会系精神」。ここには“根性論”というより、制作を続けるための現実的な体力がにじみます。   テクスチャが主役になる「塊」の発想 「texture object」シリーズについて、吉本さんはこんな問いから始めたと話します。「テクスチャ自体がモチーフとなったら?」。そこから生まれたのが“テクスチャで成り立つ塊”というコンセプトでした。手描きの質感やテクスチャ感を大切にしつつ、自分が目にして脳内に保管してきた「GOOD」「ググッときたもの」を作品を通して共有したい。けれど押しつけはしない。観た人が自由に想像できることを最優先に置き、刺激やインスピレーションの入口になれたらと考えています。この「余白の置き方」が、吉本作品の品の良さです。分かりやすく言い切らない。けれど曖昧に逃げない。見ている側が自分の感覚を取り戻せる“間”が、画面のどこかに必ず用意されています。   整えすぎない描き味と「見立てる」手法 技法の選び方も、その姿勢と一致しています。手描きの質感が残るもの、勢いよく描けるものが好きで、たとえば「texture object」シリーズでは、油分多めの色鉛筆であるダーマトグラフやグラフを用いたとのこと。整えすぎず、ライブ感が伝わる描き味になるよう意識しているそうです。さらに、表現を分かりやすくするために「見立てる」という手法をよく使う。抽象に寄せながら、鑑賞の足場も残す。この“足場の作り方”が巧みだから、作品は難解になりきらず、暮らしに入り込めます。   「装飾」を引き受ける、飾ることの意味 暮らしに入り込む、という点では、吉本さんが「装飾」という言葉を自分の領域として捉え始めたという話も印象的です。飾ることは、その対象を大事にすること、愛でること。ポスターを壁に飾れば、その壁や空間に対して愛着が湧く。作品は、作品のことを考えながら見なくてもいい。見ながら別のことを考えてもいい。たまに、ぼーっと眺める存在になれたら嬉しい。この言葉は、買い手にとっても救いがあります。美術の知識や正しい鑑賞態度を要求されない。好きという感覚から始めていい。その軽さが、長く続く愛着につながります。   PORTRAIT LABへ、そして空間へ 現在の取り組みとしては、具象的なモチーフを自分なりの表現で描く試みを進めつつ、自身のブランド商品の図案でも試行錯誤しているとのことです。そのブランドが「PORTRAIT LAB」。インタビューでは、コロナ禍の時期に立ち上げたこと、ソファの写真を眺めるうちに「クッションが四角ばかり」と気づき、形を変えたら面白いのではという発想から「Fabric object」へつながっていったことが語られています。今年の2月15日まで、Spiral Market ルクア大阪で「PORTRAIT...

作家の深掘りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

吉本さんが暮らす山梨県西桂町の景色   はじまりは「描くことが好き」から 吉本悠美さんの作品に触れると、まず「絵柄」より先に、手の動きが残した密度が届きます。線の勢い、擦れ、重なり。そこにあるのは説明のための輪郭ではなく、触れたくなる“質感の塊”です。暮らしの中でふと目に入ったとき、言葉にする前の気分が、静かに立ち上がってくる。その距離感が、吉本さんの表現の魅力だと感じます。  吉本さんは東京造形大学でテキスタイルデザインを学び、学士課程を2013年に卒業、修士課程を2015年に修了しています。現在はテキスタイルデザイナーとして自分のブランドと企業のプロダクト開発を両立し、大学で教える立場も担っています。ただ、肩書きが先に立つタイプの作り手ではありません。作品の芯にあるのは、もっと素朴な「描くことが好き」という原点です。小学生の頃からお絵描き教室に通うほど絵が好きで、本格的に制作として向き合い始めたのは美大入学後。先生や先輩、同級生、インターン先で受けた刺激が積み重なり、大学4年生頃には「いつか作家になれたら」と思うようになったそうです。   節目をつくった受賞と「KESHIKI」 活動の節目として外せないのが、2013年の「コッカプリントテキスタイル賞『inspiration』」審査員特別賞受賞です。大学院在籍中に受賞し、その後2016年にはKOKKAから「KESHIKI(けしき)」をリリース。コンセプトは「風景画を飾るように、生活を彩る布」でした。“風景の気持ち”を布に残すという発想は、今の作品にも通じています。目の前のものをそのまま写すのではなく、心が動いた瞬間の手触りを、別の形に置き換えて残す。その置き換えの精度が高いから、見る側も自分の記憶と重ね合わせやすいのだと思います。   山梨移住で、制作の時間が変わる もう一つの大きな転機が、拠点の移動です。2018年に東京から山梨県西桂町へ家族で移住。きっかけは、東京造形大学と西桂町・富士吉田市が連携して進めた「富士山テキスタイルプロジェクト」だったそうです環境が変わると、制作の時間の流れも変わります。吉本さんは制作前に頭の中でたくさんシミュレーションを重ね、縮こまらないために、なるべく大きい紙に描くこともあるとのこと。モットーは「やればなんとかなる、日々精進、鍛錬、体育会系精神」。ここには“根性論”というより、制作を続けるための現実的な体力がにじみます。   テクスチャが主役になる「塊」の発想 「texture object」シリーズについて、吉本さんはこんな問いから始めたと話します。「テクスチャ自体がモチーフとなったら?」。そこから生まれたのが“テクスチャで成り立つ塊”というコンセプトでした。手描きの質感やテクスチャ感を大切にしつつ、自分が目にして脳内に保管してきた「GOOD」「ググッときたもの」を作品を通して共有したい。けれど押しつけはしない。観た人が自由に想像できることを最優先に置き、刺激やインスピレーションの入口になれたらと考えています。この「余白の置き方」が、吉本作品の品の良さです。分かりやすく言い切らない。けれど曖昧に逃げない。見ている側が自分の感覚を取り戻せる“間”が、画面のどこかに必ず用意されています。   整えすぎない描き味と「見立てる」手法 技法の選び方も、その姿勢と一致しています。手描きの質感が残るもの、勢いよく描けるものが好きで、たとえば「texture object」シリーズでは、油分多めの色鉛筆であるダーマトグラフやグラフを用いたとのこと。整えすぎず、ライブ感が伝わる描き味になるよう意識しているそうです。さらに、表現を分かりやすくするために「見立てる」という手法をよく使う。抽象に寄せながら、鑑賞の足場も残す。この“足場の作り方”が巧みだから、作品は難解になりきらず、暮らしに入り込めます。   「装飾」を引き受ける、飾ることの意味 暮らしに入り込む、という点では、吉本さんが「装飾」という言葉を自分の領域として捉え始めたという話も印象的です。飾ることは、その対象を大事にすること、愛でること。ポスターを壁に飾れば、その壁や空間に対して愛着が湧く。作品は、作品のことを考えながら見なくてもいい。見ながら別のことを考えてもいい。たまに、ぼーっと眺める存在になれたら嬉しい。この言葉は、買い手にとっても救いがあります。美術の知識や正しい鑑賞態度を要求されない。好きという感覚から始めていい。その軽さが、長く続く愛着につながります。   PORTRAIT LABへ、そして空間へ 現在の取り組みとしては、具象的なモチーフを自分なりの表現で描く試みを進めつつ、自身のブランド商品の図案でも試行錯誤しているとのことです。そのブランドが「PORTRAIT LAB」。インタビューでは、コロナ禍の時期に立ち上げたこと、ソファの写真を眺めるうちに「クッションが四角ばかり」と気づき、形を変えたら面白いのではという発想から「Fabric object」へつながっていったことが語られています。今年の2月15日まで、Spiral Market ルクア大阪で「PORTRAIT...

作家の深掘りコラム|情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

作家の深掘りコラム|情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

梅崎さんの作品を見ていると、自然を描いていながら、どこか説明を控えているような印象を受けます。画面は整理され、色や形も必要以上に語りません。そのため、見る側は立ち止まり、ゆっくりと作品と向き合うことになります。   絵との出会い 梅崎健さんが絵を描くことに親しむようになったのは、小学生の頃だそうです。近所の画家に習いながら、スケッチに連れて行ってもらったことがきっかけでした。外で描いているうちに時間を忘れ、気づけば夕方になっていた。その経験を通して、絵を描くことが少しずつ身近なものになっていったとのことです。 武蔵野美術大学へ進学後、在学中にはストックホルムや京都の工芸学校で講習を受講されています。素材への向き合い方や、表現を組み立てる視点について、多くの刺激を受けたと振り返られています。異なる土地や文化の中で学んだ経験は、当時は強く意識していなかったものの、後に振り返ると、現在の制作の土台のひとつになっているように感じられます。   デザインの現場から、制作へ 大学院修了後は企業に入社し、企画部門で主に欧米向けのデザインを担当されました。海外を訪れる機会も多く、仕事を通して数多くのアートに触れる時間を重ねていきます。 クラフト、デザイン、アート。それぞれの分野で得た経験は、すぐに作品として表に現れるものではありませんでしたが、制作に向き合う姿勢や感覚の背景として、少しずつ積み重なっていったように受け取れます。退職後は武蔵野美術大学の客員教授を務め、現在はアート制作を中心に活動されています。 作家として活動を続ける中で、大きな転機となったのが個展やオンラインギャラリーでの経験でした。作品を前にした人から直接感想をもらえたこと、オンラインを通じて作品を迎え入れてくれた方々から前向きな言葉が届いたこと。 絵を通して、それまで接点のなかった幅広い人たちとの交流が生まれたことが、制作を続けていく上での確かな手応えにつながっているようです。   自然をテーマにした表現 梅崎さんの作品には、一貫して自然の情景が描かれています。花の生命力や美しさ、繊細さ。風や波、光、大地の広がり。そうしたモチーフを、そのまま写し取るのではなく、自分なりの解釈を通して画面に落とし込んでいく姿勢がうかがえます。 具象と抽象のあいだを行き来する柔軟さも、作品の大きな特徴のひとつ。花や森、水平線といった形は感じ取れる一方で、細部を描き込みすぎることはありません。形は簡略化され、色や面の重なりによって情景が組み立てられていきます。 構図は一見するととてもシンプルですが、単調な印象は受けません。色のグラデーションやテクスチャーのわずかな違いが画面に奥行きを生み、視線は自然と留まります。近くで見るほど、筆致や滲み、色の重なりが静かに効いていることに気づかされるのです。 明るい色調を用いながらも、落ち着いた空気が保たれている点も印象的です。大胆さと緻密さ、その対比が画面の中で程よく共存しているように感じることができます。   制作の姿勢と日常 制作は自宅で行い、午前中は集中して描き、午後は作業的な工程に充てることが多いとのこと。道具はさまざまな筆に加え、自分で工夫して制作したオリジナルのものも使われています。 描き損じたと感じる部分があっても、それを失敗とは捉えないようにしているそうです。後から振り返ったとき、制作の財産になっていることがあるからだといいます。新しいモチーフや技法に挑戦し続ける姿勢も、そうした考え方に支えられているように感じました。 アイデアが生まれるのは、特別な瞬間というよりも、ふとした場面だそうです。試作中に、海の水平線を眺めているとき、山や地平線の重なりを見たとき、花々の色に目を留めたとき。自然の中にあるわずかな変化が、制作へとつながっていきます。   積み重ねてきた歩み 長年にわたる制作の中で、いくつかの評価も重ねてこられました。2005年にはエプソンカラーイメージングコンテストで佐藤卓賞を受賞。2017年にはタグボートアワードで審査員特別賞を受け、2018年には三井化学の新素材「NAGORI」を活用したデザインコンペで優秀賞を獲得されています。さらに2020年にはMIMARUツーリズムコンペティションのアート部門で優秀賞、2025年には東京建物「Brillia Art Award Wall 2025」を受賞されました。 こうした受賞も、日々制作を続けてきた延長線上にあるものとして受け止められているようです。...

作家の深掘りコラム|情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

梅崎さんの作品を見ていると、自然を描いていながら、どこか説明を控えているような印象を受けます。画面は整理され、色や形も必要以上に語りません。そのため、見る側は立ち止まり、ゆっくりと作品と向き合うことになります。   絵との出会い 梅崎健さんが絵を描くことに親しむようになったのは、小学生の頃だそうです。近所の画家に習いながら、スケッチに連れて行ってもらったことがきっかけでした。外で描いているうちに時間を忘れ、気づけば夕方になっていた。その経験を通して、絵を描くことが少しずつ身近なものになっていったとのことです。 武蔵野美術大学へ進学後、在学中にはストックホルムや京都の工芸学校で講習を受講されています。素材への向き合い方や、表現を組み立てる視点について、多くの刺激を受けたと振り返られています。異なる土地や文化の中で学んだ経験は、当時は強く意識していなかったものの、後に振り返ると、現在の制作の土台のひとつになっているように感じられます。   デザインの現場から、制作へ 大学院修了後は企業に入社し、企画部門で主に欧米向けのデザインを担当されました。海外を訪れる機会も多く、仕事を通して数多くのアートに触れる時間を重ねていきます。 クラフト、デザイン、アート。それぞれの分野で得た経験は、すぐに作品として表に現れるものではありませんでしたが、制作に向き合う姿勢や感覚の背景として、少しずつ積み重なっていったように受け取れます。退職後は武蔵野美術大学の客員教授を務め、現在はアート制作を中心に活動されています。 作家として活動を続ける中で、大きな転機となったのが個展やオンラインギャラリーでの経験でした。作品を前にした人から直接感想をもらえたこと、オンラインを通じて作品を迎え入れてくれた方々から前向きな言葉が届いたこと。 絵を通して、それまで接点のなかった幅広い人たちとの交流が生まれたことが、制作を続けていく上での確かな手応えにつながっているようです。   自然をテーマにした表現 梅崎さんの作品には、一貫して自然の情景が描かれています。花の生命力や美しさ、繊細さ。風や波、光、大地の広がり。そうしたモチーフを、そのまま写し取るのではなく、自分なりの解釈を通して画面に落とし込んでいく姿勢がうかがえます。 具象と抽象のあいだを行き来する柔軟さも、作品の大きな特徴のひとつ。花や森、水平線といった形は感じ取れる一方で、細部を描き込みすぎることはありません。形は簡略化され、色や面の重なりによって情景が組み立てられていきます。 構図は一見するととてもシンプルですが、単調な印象は受けません。色のグラデーションやテクスチャーのわずかな違いが画面に奥行きを生み、視線は自然と留まります。近くで見るほど、筆致や滲み、色の重なりが静かに効いていることに気づかされるのです。 明るい色調を用いながらも、落ち着いた空気が保たれている点も印象的です。大胆さと緻密さ、その対比が画面の中で程よく共存しているように感じることができます。   制作の姿勢と日常 制作は自宅で行い、午前中は集中して描き、午後は作業的な工程に充てることが多いとのこと。道具はさまざまな筆に加え、自分で工夫して制作したオリジナルのものも使われています。 描き損じたと感じる部分があっても、それを失敗とは捉えないようにしているそうです。後から振り返ったとき、制作の財産になっていることがあるからだといいます。新しいモチーフや技法に挑戦し続ける姿勢も、そうした考え方に支えられているように感じました。 アイデアが生まれるのは、特別な瞬間というよりも、ふとした場面だそうです。試作中に、海の水平線を眺めているとき、山や地平線の重なりを見たとき、花々の色に目を留めたとき。自然の中にあるわずかな変化が、制作へとつながっていきます。   積み重ねてきた歩み 長年にわたる制作の中で、いくつかの評価も重ねてこられました。2005年にはエプソンカラーイメージングコンテストで佐藤卓賞を受賞。2017年にはタグボートアワードで審査員特別賞を受け、2018年には三井化学の新素材「NAGORI」を活用したデザインコンペで優秀賞を獲得されています。さらに2020年にはMIMARUツーリズムコンペティションのアート部門で優秀賞、2025年には東京建物「Brillia Art Award Wall 2025」を受賞されました。 こうした受賞も、日々制作を続けてきた延長線上にあるものとして受け止められているようです。...

作家の深掘りコラム|米津祐介という絵描き

作家の深掘りコラム|米津祐介という絵描き

米津祐介さんの絵を前にすると、描かれているのは動物や道具、果物や花といった、ごくありふれたもののはずなのに、見る人の心がふと立ち止まり、考え始めるような静けさを感じます。線はかすかに揺れ、色はわずかににじむ。そのささやかな不均衡が、手のぬくもりと描く時間の積み重ねを感じさせ、心にやさしい余白を残していくのです。 例えば、描かれた動物たちは穏やかに佇み、笑っているようでも泣いているようでもない。けれど、その沈黙の中に、私たちはなにか人間的な感情の気配を見出します。 米津さんの絵は、語りかけるのではなく、見つめ返す。見る人がその眼差しに気づくとき、絵はひとつの対話を始めるのです。   はじまりは偶然の一枚から 1982年、東京生まれ。東海大学でデザインを学んだ米津さんは、もともと婦人靴の製造業を営むお父さまの背中を見て育ち、「将来、何か役に立てれば」と思いデザインの道に進みました。大学時代、友人の家で「イラストを描いてみよう」と誘われたことがきっかけで絵を描き始めたといいます。 漫画の模写はできても、オリジナルの絵になると何を描いていいかわからなかった。しかし、友人と描いた絵を見せ合ううちにその面白さに惹かれ、アートイベントに出展して一般の人に絵を見てもらうようになりました。その頃、初めて「イラストレーター」という職業を知り、目指すようになったそうです。 やがて展示会で「絵本のようですね」と声をかけられたことをきっかけに、試しに絵本を制作し、コンペに応募。賞は取れなかったものの審査を通過し、絵本という表現への手応えを感じたとおっしゃっていました。   転機となったボローニャ入選 2004年に大学を卒業し、アルバイトをしながら作品づくりを続けていた米津さん。翌2005年、世界最大級の絵本原画コンクール『イタリア・ボローニャ国際絵本原画展』で入選します。世界中の絵本作家が憧れるこのコンクールには、毎年80か国以上から数千人の応募者と数万点の作品が寄せられ、その中から選ばれるのはほんのひと握り。米津さんにとって、それは初めて自分の絵が世界の舞台に届いた瞬間でもありました。 この選出をきっかけに世界各国の出版社が集まるボローニャ・ブックフェアへ直接出向き、自ら作品を売り込みました。その場でスイスの出版社と出会い、絵本『Bye-Bye Binky』の出版が決定。この作品は最初に英語とドイツ語、フランス語で刊行され、グローバル展開の足掛かりとなりました。以降、作品はヨーロッパ、アメリカ、アジアなどで翻訳出版され、日本発の絵本作家として国際的に知られる存在となっていきます。   世界中で出版されている米津さんの絵本   クレパスとの出会い 米津さんの絵を特徴づけるのが、やわらかくも深みのあるクレパスの表現です。子どもが描くような自由さに憧れながらも、自身の几帳面な性格がそれを阻んでいたといいます。そんな中で出会ったのがクレパスでした。 「クレパスは、まっすぐ綺麗な線が描けない。どうしても歪んだり、太さが変わったりする。でも、そこに自然な味が生まれるんです。」 細密な表現が難しいぶん、偶然や制限が生む“思い通りにならなさ”が、逆に自分に合っていたと語ります。アクリル絵の具と違って準備の手間も少なく、「描きたいと思ったときにすぐ描ける」ことも魅力のひとつ。その制限と即興性が、米津さん独特のあたたかく奥行きのあるタッチを生み出しています。   米津さん愛用のクレパス   世界に届くやさしさ 絵本作家としての代表作『はんぶんこ!』(講談社)は、“分け合う”というテーマを、穴あきやめくりのしかけで体験できる構造に仕上げた作品です。英語版『Sharing』は、アメリカの書評誌 「Kirkus Reviews」 において2020年の Best Board...

作家の深掘りコラム|米津祐介という絵描き

米津祐介さんの絵を前にすると、描かれているのは動物や道具、果物や花といった、ごくありふれたもののはずなのに、見る人の心がふと立ち止まり、考え始めるような静けさを感じます。線はかすかに揺れ、色はわずかににじむ。そのささやかな不均衡が、手のぬくもりと描く時間の積み重ねを感じさせ、心にやさしい余白を残していくのです。 例えば、描かれた動物たちは穏やかに佇み、笑っているようでも泣いているようでもない。けれど、その沈黙の中に、私たちはなにか人間的な感情の気配を見出します。 米津さんの絵は、語りかけるのではなく、見つめ返す。見る人がその眼差しに気づくとき、絵はひとつの対話を始めるのです。   はじまりは偶然の一枚から 1982年、東京生まれ。東海大学でデザインを学んだ米津さんは、もともと婦人靴の製造業を営むお父さまの背中を見て育ち、「将来、何か役に立てれば」と思いデザインの道に進みました。大学時代、友人の家で「イラストを描いてみよう」と誘われたことがきっかけで絵を描き始めたといいます。 漫画の模写はできても、オリジナルの絵になると何を描いていいかわからなかった。しかし、友人と描いた絵を見せ合ううちにその面白さに惹かれ、アートイベントに出展して一般の人に絵を見てもらうようになりました。その頃、初めて「イラストレーター」という職業を知り、目指すようになったそうです。 やがて展示会で「絵本のようですね」と声をかけられたことをきっかけに、試しに絵本を制作し、コンペに応募。賞は取れなかったものの審査を通過し、絵本という表現への手応えを感じたとおっしゃっていました。   転機となったボローニャ入選 2004年に大学を卒業し、アルバイトをしながら作品づくりを続けていた米津さん。翌2005年、世界最大級の絵本原画コンクール『イタリア・ボローニャ国際絵本原画展』で入選します。世界中の絵本作家が憧れるこのコンクールには、毎年80か国以上から数千人の応募者と数万点の作品が寄せられ、その中から選ばれるのはほんのひと握り。米津さんにとって、それは初めて自分の絵が世界の舞台に届いた瞬間でもありました。 この選出をきっかけに世界各国の出版社が集まるボローニャ・ブックフェアへ直接出向き、自ら作品を売り込みました。その場でスイスの出版社と出会い、絵本『Bye-Bye Binky』の出版が決定。この作品は最初に英語とドイツ語、フランス語で刊行され、グローバル展開の足掛かりとなりました。以降、作品はヨーロッパ、アメリカ、アジアなどで翻訳出版され、日本発の絵本作家として国際的に知られる存在となっていきます。   世界中で出版されている米津さんの絵本   クレパスとの出会い 米津さんの絵を特徴づけるのが、やわらかくも深みのあるクレパスの表現です。子どもが描くような自由さに憧れながらも、自身の几帳面な性格がそれを阻んでいたといいます。そんな中で出会ったのがクレパスでした。 「クレパスは、まっすぐ綺麗な線が描けない。どうしても歪んだり、太さが変わったりする。でも、そこに自然な味が生まれるんです。」 細密な表現が難しいぶん、偶然や制限が生む“思い通りにならなさ”が、逆に自分に合っていたと語ります。アクリル絵の具と違って準備の手間も少なく、「描きたいと思ったときにすぐ描ける」ことも魅力のひとつ。その制限と即興性が、米津さん独特のあたたかく奥行きのあるタッチを生み出しています。   米津さん愛用のクレパス   世界に届くやさしさ 絵本作家としての代表作『はんぶんこ!』(講談社)は、“分け合う”というテーマを、穴あきやめくりのしかけで体験できる構造に仕上げた作品です。英語版『Sharing』は、アメリカの書評誌 「Kirkus Reviews」 において2020年の Best Board...